2011_07_15_[FRI]
【現代芸能】ヨシモト芸人を作ろう!S02
ネットと電波媒体がクロスしてくる今日。
【現代芸能】を現象から見える『売れアルゴリズム』と『提供サイド側の思惑』を適当に考察するエントリー
シリーズ 【ヨシモト芸人を作ろう!】
【現代芸能】を現象から見える『売れアルゴリズム』と『提供サイド側の思惑』を適当に考察するエントリー
シリーズ 【ヨシモト芸人を作ろう!】
100年に渡り日本の芸人事務所の巨人であり、この時代にあっても板場「劇場原理主義」を貫き、芸史を代表する「芸人」を排出し続ける興行師たちの巣くう「よしもと」を
少し変わった角度から考察していく
今回は、「ヨシモト」が上方を取ってからトータルでは長い間「シキリ」を行っている上方落語界を象徴する 大名跡である「桂文枝」六代目の襲名について考察を行う。
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コレまでの「ヨシモト」関連エントリー
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---見出し---
◆「桂文枝」とは?吉本、上方、世間的には何か?「文珍」も襲名?
- ▼「六代・桂文枝」とシッタカ達の類型?
- ▼「桂文珍」師、なんとアノ2代目を襲名?
- ▼「桂文枝」とは吉本、上方、世間的には何か?
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▼「六代・桂文枝」とシッタカ達の類型?
ネットのブログ等を読むと、さも詳しげに『桂文珍』師が継ぐと思っていただとか色々あったりするが、
『ああっ、こいつは上方落語界隈の界隈誌とか専門の評論誌をちゃんと追っていない「シッタカ」だなぁ。』 とわかる。
まぁ、オイちゃんのように雑誌は当然だがラジオのエアチェックで労働通勤の道すがら上方芸能の細かい部分も拾っている ≪これは関東の人には物理的には不可能だけど≫、
上方の落語意以外にも、講談、浪曲に能楽までカバーして長唄も聞く。という ウザイレベルの「シッタカ」の方が圧倒的に少ないのだが
ちなみに、オイちゃんは頭の中にもホボ「上方落語家名鑑」が系図で入っていて、 噺家の「持ちネタ」や「特徴」なんかを上方落語の歴史を絡めながら「シッタカ」で偉そうに何時間でも永遠と語れる。 という上方落語「ウザ度」は相当な部類のヒトだ。
しかも、人生で何の役に立つこともなく、そればかりか 会話で「上下を切る」ことすらマトモに出来ないのにオイちゃんのような 「シッタカ」だけの知識馬鹿を相手にすると疲れることは、大学時代から鑑賞歴20年を超えて様々な体験で知っているので、
自分からは知り合いに「あえて落語の話はしない」、どこのポジションから語っているか不明な 「ウザイ系シッタカは、マジメに相手をしない」という境地に達している2周半なヒトだ。
≪空手と同じで、落語好きは聴き始め、覚え始め、知り始めは他人に自分の知識や思いを伝えたくなる。 それを抜けると、それが浅く恥ずかしい事に気づくが、また再び知識が蓄積されていくと喋りたくなる。 そして、そこを抜けると俯瞰して自分が落語家でも関係者でも無く単に界隈好きであることを改めて気づき、必要以上は語らなくなる。 ココまでが約20年。 ≫
ただ、世の中には界隈好きが変化しながら周回を重ねるのではなく 最初の1週目で止まってしまうウザイ落語好きな好きもいて、落語家のエッセイなんかを読んでいるとそういう 客も出てくるのだが、目に見えてくるのが「春風亭昇太」師の前座時代の風景
そんなことより、いちばんいやだったのが、地域寄席の打ち上げでした。
前座というのは、いろんな落語界のお手伝いに行きます。 大きな会ばかりではなく、小さな地域寄席のような会にも行く。
こういう地域寄席というのは、当時は決まって打ち上げがありました。 前座だから当たり前ですが、その席のお客様たち全員に水割りを作ったり、 ビールを注いだりして回るわけです。
すると、必ずと言っていいほど、 そこに【自称】落語好きとか落語通を気取っているおじいいさんがいるんですよ。
僕はまたそういう人たちから、なんか文句をいわれやすい、 弱そうなタイプに見えるんでしょうね。「こいつには、なにをいっても大丈夫だぞ」 みたいな。
そういう人が必ずやって来て
「おい、キミ、今日のキミの落語は駄目だったな」
とか、
「あんな落語じゃ駄目だな。いったい誰に教わったんだ?」
なんて自分の好きなタイプの落語を押し付けてくる。
「なんで、そんなことをいわれなきゃいけないんだ。 何屋か知らないけど、この人が僕の生活の面倒を見てくれるわけでもないし、 目標とする落語もあるのに、なにを・・・
≪ザ・前座修業―5人の落語家が語る--稲田 和浩 (著), 守田 梢路 (著) --2部 私の前座修業「春風亭昇太」より一部を引用≫
若いヒトが捕まっても下っ端だし、師匠であったり先輩のお客さんだったりするから、あからさまな反論も出来ず 「ええ、まぁ、はぁ」みたいな相槌と愛想笑いで逃れようとするアリガチ風景。
地域寄席とか小さい落語会や演芸会に行ったり通ってた人なら、 メインの芸人が【常連さん】をつなぎ止める為であったり【いちげん客】から自分の固定客にする為の営業も兼ねているのであろう 【このあと3000円で軽い打ち上げあります。】で
打ち上げに参加してたりすると「昇太」師匠のウザイ落語好きのくだりを見て『おるおるおる!!』でダブン大爆笑。
なんどか、そんな「ええ、まぁ、はぁ」情景を遠目で眺めながら『芸人さんって大変だなぁ』って。
▼「桂文珍」師、なんとアノ2代目を襲名?
このブログでは、襲名自体は既に時期の問題で「シキリ」≪これはまた別項で説明≫が吉本興業になるから 創業100年と東京に計画中の旗艦店舗と絡めて打ってくる。と再三書いていたが
別にオイちゃんが超能力者でも、関係者でも無く、 界隈誌等を読むと、ちょうど3年前ぐらいの論調から「三枝」師が六代目の「桂文枝」襲名の既定路線として扱いだしていた のだから、
たぶんそのあたりで上方の落語界というか文枝一門での空気というかそういうのは既に決定していたのだと読むのが界隈好きだ。
近々の「桂文珍」師と「桂三枝」師との書籍での紙上対談でも「文珍」師が『お兄さん、腹くくりなはれ』的な会話があり、 一門的にも既定路線なんだな。と確信していた。
ちなみに、「桂文珍」師匠が「桂あやめ」師のラジオ番組にゲストで出演し 「六代・桂文枝」襲名について質問されて
ジョークの応酬で大爆笑を取っていたのが以下のやりとり
≪落語に拠るタイプの違いから、文枝一門の流れになって≫
【文珍】こんど、ウチの兄貴がね「文枝」になりますけどね、 六代になるんですけども、次はどなたがお成りになるのやろうと、言うことですけども 「あやめ」さんが、なんか皆が死んでも私が女性で長生きするから私が七代目になると?
【あやめ】生き残ったらしょうがないかなぁ。って、男の人を皆、見送ったあかつきに他いませんか? ってなったら『しゃーないなぁ。』ってね、いや、もうその頃なら『しゃぁーなぁいぃぃなぁ。わたいがぁぁ』 ≪お婆さんの声色で≫
【文三】さっき、お姉さん、悪い顔なってましたけども。
≪三人とも大爆笑≫
【あやめ】まぁ、でも今回、大きな襲名が一門であるわけです。ビッグイベントですよ。 で、一般の方も『三枝さんが、それに成りはるんやったら文珍さん、何に成りはるんやろう?と』 思われる方も多いんじゃないでしょうか。
【文珍】この度は、わたし「三枝」になろうかと。
≪三人とも大爆笑≫
【あやめ】番組付きで?
【文珍】いや、あれはエエわ。椅子からコケルの。私、腰痛いし。 いやいや、そうじゃなくて彼の名前を継いどいたら間違って彼のギャラがコッチ入るかもわからんし。
【文三】そんな理由ですか。
≪三人とも大爆笑。≫
≪そのあと、ギャラ振込が遅れることが多い、 吉本はワザと遅らせてその銭を自分らで運用しとる等、吉本芸人さんが昔からよくする吉本ネタで一盛り上がり≫
【あやめ】いや、私どもとしましては、やっぱり大きな看板をまた復活、襲名していただきたいなぁ。と思っているんですけども
【文珍】いやいや、わたしなんかは、もうね。邪魔臭いんですわ。ぶっちゃけた話がね≪笑いながら≫ いや、まぁね「文珍」は師匠に頂いた名前ですのでね、それを耕してまいりたい。と思っておるんです。 ≪真面目な感じで≫
≪ 88文珍デーの宣伝。 ≫
【あやめ】ありがとうございました。本来なら私達が見送らないとダメなんですが。 ≪「文珍」師が捌ける準備≫
【文珍】ありがとうございました。「文珍」改め「三枝」でした。
≪全員が大爆笑。≫
【文三】これ聞いた人、ホンマや思いますよ。えーー、そうなん。って。
≪【木】ラジオよしもと、むっちゃ元気スーパー!2011年07月14日 --ゲスト「桂文珍」より≫
実際のところは、「文三」をカナリ下の「つく枝」さんが継いだので、 其れ以上の「桂派」名跡に絞ると正直、2代目の桂文枝の翁≪隠居名≫「文左衛門」か、 「文團治」は春團治師がらみで難しいだろうし 「文之助」でも、これは預かりで揉めたりイワクツキなので
ギリで理由付けから「文都」ぐらいじゃないと【格】的に「文珍」師が 「文三」の下だと一門のバランス的にも襲名の意味が無くなってきて
結局、マジメな口調で語った「師匠に頂いた『文珍』を耕していこう。と思っています」が 本命なのかなぁ。という考察。
▼「桂文枝」とは吉本、上方、世間的には何か?
界隈好きが思っている以上に、一般世間にとっては「桂文枝」襲名自体が、どうでも良いことだし、 『桂三枝の方が有名やん!』で
ちょっと明るいヒトで『テレビで審査員してた三枝の師匠の名前でしょ?』ぐらいの認識だと思う。
しかし界隈的には、まさしく「三枝」と「文枝」では次元が違う【格】が加わった名前になる。 どういう経緯で、上方から江戸に行って別れたかは散々概出なので割愛するとして
違う角度から推察すれば
以前の【現代芸能】吉本興業02--創業と攻撃的経営史でも 簡単に書いたが、吉本が戦前に上方の演芸寄席を完全に支配するキッカケが、この「桂文枝」襲名をめぐる
落語家達の戦争による分裂だったわけです。
そして吉本興業は、この争いを巧みに利用し、 有名な寄席をホボ全て押さえ上方演芸界の王者となったわけですから「桂文枝」とは どの興行屋よりも因縁めいた大名跡なわけです。
◆吉本興業的には因縁めいた名跡
しかし、界隈書や評論本等を読むと、
吉本が上方芸能を押さえてから「桂文枝」も「笑福亭」を初め上方の名だたる落語家を支配下に入れますが
≪下は、おやっさんのオヤッさん、つまり5代目「松鶴」が反対派≪実質は吉本の支配下≫南地花月≪旧・金澤亭≫での一席、≫
通説では「桂文枝」とは「吉本興業」が。という名前では無くて上方落語を象徴する名跡であり、
吉本を象徴する落語家という訳ではなく、
界隈的に「吉本を象徴する落語家」というと【林家染丸】や【初代・桂春団治】を指すのだそうです。 ≪いっそう大きくなったり、所属で名前が跳ねる場合。恐らく、今後は「三枝」なんかはそう言われるかも≫
つまり、「桂文枝」という名跡は吉本が持つ以前から名前の【格】レベルがMAXになっている司祭的な神器の要素が強いというか、 ドラクエで言う【勇者の剣】だから、襲名について他の桂系一門が色々と意見を言ったりするわけです。
◆上方落語界的には象徴する大名跡
そもそも、「桂文枝」一門が自分のトコが預っている名前の襲名について同じ「桂」でも意見や口出しと言うというは、 一般的に落語界では失礼とされているようですが、
「桂文枝」という名跡は桂派の【勇者の剣】という特別な名前だから、「桂春団治」一門も 「桂米朝」一門も意見を堂々と言えるし、継ぐ側もチャンと予め「根回し」的な筋を通しておく、
そして、「桂文枝」が【上方落語を象徴する大名跡ゆえに】 六代目でなく「六代」にするなど他の亭号門弟にも最大級の気遣いというメンドクサイ構図になっている名前。 という事なわけです。
≪つまり「笑福亭松鶴」より格落ちしている名跡の襲名なら、特に気を使う必要など無く普通に「六代目」で良いわけ。 逆に界隈的にはグーーンと落ちる名前を襲名しているのにも関わらず『六代目は、四天王の松鶴師だから六代にします』としたら 笑福亭の門人に「オマエ、ウチの師匠バカにしとるんか?」となってしまう。 ≫
と言う感じで、この界隈に興味がない人からしたらだからどうした。という事になるんだろうと思う。
◆世間的にはドウでもよい名前
で、まいどまいどヨシモト考察時に取り上げている今後予想されるMGキーワードの4つのヒトツ「古典芸能」
何故、「古典芸能」がヨシモトにとってマネジメント上のキーワードになってくるのか?
そのあたりの考察は別エントリーで。
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