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2011-04-21

【現代芸能】吉本興業02-01--「ヨシモト」のドンとソノ御仕事 2011_04_21_[THU]



2011_04_21_[THU]



【現代芸能】ヨシモト芸人を作ろう!S02



ネットと電波媒体がクロスしてくる今日。



他の芸能考察ブログと違い

【現代芸能】を現象から見える『売れアルゴリズム』と『提供サイド側の思惑』を適当に考察する


--> シリーズ 【ヨシモト芸人を作ろう!】 の全体見出し
-->コレまでの「ヨシモト」関連エントリー

---シーズン02見出し---
◆02-01--「ヨシモト」のドンとソノ御仕事
  1. ▼「ヨシモト」ドンの椅子に座るという事は?
  2. ▼「ヨシモト」ドンの椅子で行う御仕事とは?
◆02-02--「ヨシモト」のドンが興行師の理由
◆02-03--「ヨシモト」企業防衛と興行師達の「戦前」
◆02-04--「ヨシモト」企業防衛と興行師達の「戦後」
◆02-05--「ヨシモト」興行稼業とライオンの子供達
◆02-06--「ヨシモト」のドンと興行師「大崎洋」
◆02-07--「ヨシモト」のドン若き「破壊者」代表的MG


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「ヨシモト」ドンの椅子に座るという事は?

名実ともに日本一の演芸興行会社である「ヨシモト」のドンに座るということは、単に創業100年を迎える老舗芸能プロダクションの社長になることでない。

それは何か?

「ヨシモト」とは他の多くの「芸能プロ」のようなタレントMGやTV局などへの芸人差配企業ではなく、

根本は「興行会社」であり興行師達の企業であるから。

事実を積み重ねて考察していくと 「ヨシモト」のチカラとは、数億規模の興行を単独で打てる会社の規模ではない。


世界最大規模のお笑いフェス東西のLIVEスタンドは、数万人を動員し、木戸銭だけで億単位が動く。 人気芸人を含め数百を動かす。という規模を一社興行で打てる日本の芸能プロは「ヨシモト」以外存在しない。

「ヨシモト」ドンの椅子に座るという事は、

「興行師」として日本の演芸史に名前を刻めるという事。

例えば、日本に多く存在する

中堅以上のオーナー芸能プロは、恐らく「ヨシモト」のドンよりも役員報酬など物質的な見返りは多いだろうが、 彼らは死ぬと単なる「事業家の死」というだけで創業者以外は殆ど【演芸史】には自分の功績が刻まれることは無い。

ココが恐らく「ヨシモト」のドンと、非ヨシモト芸能プロダクションTOP達との、最大の違いであると推察できる。

日本の演芸史に名前を刻めるか?

意味がわからないヒトのために

もう少し、ココの角度から日本の【演芸史】の大きな流れとポイントを押さえながら突っ込んで頭の体操をすると「ヨシモト」が見えてくる。
  1. 問01-->現在も【電波媒体】のメインストリームであるTVにおいて演者だけでなく番組司会も含めた多くの枠を、

    「局アナ」や「歌手」「俳優」「放送作家」などのタレントや文化人から 少し前まで下に見られていた「漫才師」を中心とする【現代芸人】が根こそぎ奪取した原動力とは?


    多くの枠が「芸人」に取ってかわる前、70年代のまでは多くのTV番組などでイロの【現代芸人】はメインではなく賑やかし程度であった。

    この構造を「ヨシモト」の興行師達が攻めのマネジメントで変えてしまった。



  2. 問02-->戦後から1980年近くまでは【TV演芸】でも、まだ主役であった「落語家」など【古典芸人】を マス媒体の主役から引きずり下ろし、

    今のノーブランド「漫才師」を中心とする【現代芸人】という流れを作ったのはいったい誰か?


    マンザイブーム以後の「ヨシモト」養成所出身芸人での攻撃的なマネジメントにより、落語家からTV演芸での主役を奪う。

    しかし落語家は、まだマシで 【古典芸人】でもヨシモトがチカラを入れて差配やマネジメントをしていなかった「浪曲師」「講談師」は、

    マスからホボ壊滅する。
カケラを繋ぐと

日本の演芸史と「吉本」シンクロ。

これがリアルだ。

もちろん、こんなのは一例に過ぎず、今のTV演芸でのDVDパケージを強力に推し進めたのも界隈誌を見返せばわかるが当然、ヨシモトが先行だし

リアルな演芸史をトレースしていくと同業他社でも「吉本興業」のように出来る事は沢山あるが、 「吉本興業」には他社では無理で「吉本興業」のTOPマネジメントでしか出来無い事が存在する。のを発見する。






「ヨシモト」ドンの椅子で行う御仕事とは?

多くの関連書籍を見れば分かるように後の演芸史家たちが「あの時代の演芸は」と振り返るときに「やすきよ」の「木村」氏のように、今から10年から20年後には

界隈系の演芸史で一時代を作った「ダウンタウン」が語られる時には、背景として必ず「大崎」氏はセットで、興行師として実名で語られることになる。

「大崎」氏に関しては【NSC】と一連の【若手小屋】や【三段ロケット方式売り】に【吉本解体と再合成】や【YCC】に【ライブスタンド】等々、 「破壊者」の異名と共に「大崎」氏の死後も、日本の演芸史の中で語られることになる。

その「興行師」達の巣くう興行会社「ヨシモト」が持つ

日本の演芸史を作り変える力

があるからこそヨシモト幹部だけに発生する 「興行師」として日本の演芸史に名前を刻む。という醍醐味を味わえる。

という大きな誘引となり、

山っ気を刺激された 「興行師」達はヨシモトという魔物が巣くい、 多くの冒険者が息絶えると知りながらも【バベルの塔】の頂きを、それでもヤッパリ目指す事の原動力となるのだろう。と考察できる。

1000人近くの支配下芸人を従えて、単独で数億の興行を打ち、日本の演芸史を作る御仕事。

コレが【吉本興業】TOPマネジメントの出来ること。

たぶん、興行師からしたらリスクやプレッシャーも尋常じゃないだろうが、 オカネとかでは変えることのできないタマらんポジションなのだろう。と想像するには難しくない。 ≪ちなみに全体のパイのデカさは違うが、戦前の吉本全盛期は支配下芸人が2000弱。 なので、戦前の「ヨシモト」が持っていた支配率や支配力にはマダ及ばない。 支配下芸人と言っても戦前は直接や、いわゆる業態での提携という又貸しでの間接もあったが関西はホボ寡占。 で、日本の全土での独占を狙い関東に手を掛けて攻略中に戦争が起こり劇場が焼き払われ野望が終果てる。

この章の最後に興行師「大崎」氏達が描く未来の「ザ・テレビ欄」を推察しておこう。

問03-->2010年近くまでは【TVドラマ】や【映画】でも、まだ主体であった専業「役者」などを マス媒体の主役から引きずり下ろし、

現在の【現代芸人】が多くのドラマや本編の映画でも枠を埋める流れを作ったのはいったい誰か?


沖縄国際映画祭の主催などヨシモトの攻撃的なマネジメントにより、「映像」業界での枠の多くを専業「役者」から兼業「芸人」が奪う。

情報のボーダー化が進み、コメディ調のTVドラマでは親しみのある芸人が使われることが多くなり、 プローモーションでもダンマリで高く止まったイメージを作っていた専業「役者」は壊滅する。
上手く行くかはわかりませんが、何を狙っているのかは

簡単なモノポリーなのでスグ解けますよね。



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