※ $このブログでの--> { 現代芸能考察について覚書 } [ 2011-03-03 ]

@女芸人売れMG考察 = [ $稲垣早希{吉本}、$鳥居みゆき{サンミュ}、$いとうあさこ{マセキ}、 $おかもとまり{太田}、$イモトアヤコ{ナベ}、 ] [ 2011-02-09 ]

芸能IT政治トつ国下層


2010-05-28

【我家のアイドル】--「ソコはオシッコを吸収する構造にはなっていません。」 2010_05_28_[FRI],Wagaya-no-Idol



2010_05_28_[FRI]



我が家のアイドル犬≪メス、マルチーズ≫は春で19歳以上になったので人間では100歳以上という年齢。

労働後、疲れた体を玄関に押し込んで、靴を脱ぐ。

ココまでは、普段の日常と変わりが無かった。

靴下姿のオイちゃんが玄関マットに足を掛けた瞬間だった。

--0.01秒後--

『あれ?雨降っていたっけ?』

『ん?』

--0.03秒後--

『雨漏り?』

『ん?』

--0.05秒後--

『というか、雨漏りなら家の玄関マットを直撃してビショビショってスゲー浸透圧やな。』

『ウチの玄関マットだけに雷雲?』

--0.20秒後--

『雨雲の形成場所低すぎやろ。』

1秒間でツッコミまでいった後、足元に神経を移すと

ブランデーのたっぷりかかった高級シホンケーキ並になっている玄関マット全体が水分率が、

今はオイちゃんの靴下に高シンクロしていた。

なんやろなぁ。 特にね、怒りとかはないわけ。

片つけ終わったあとで怒ったり叩いたりはせず『事件現場』まで抱っこして連れてきて 「じぶん、マジであかんで。マットならバレへんとか無いから。犬なら騙せても人間は結構気づくからな」ってスネない程度に注意はするけども。

しいて言うなら疑問?

彼女はこの距離を歩くのなら、

なぜ、トイレまで歩いてくれなかったのだろう。と、

彼女の寝床から玄関までとトイレは丁度逆の方向にあって、



果たしてメンドくさくて漏らしたのか?

不可抗力で漏れたのか?

靴下をビショビショにしながら犬になったつもりで考察。

まぁ、彼女がコノ19年間で家族に与えてくれた笑顔の『癒し』に比べたらオシッコで玄関が床上浸水しても足りないのだけども。

コレもしばらくしたらイイ思い出になるのかなぁ。と思ったら

オシッコ拭きながらセンチになる。



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2010-05-26

【稲垣早希】考察0801--「ロケみつ」物販予想の検証とおっぱい考察? 2010_05_26_[WED]



2010_05_26_[WED]



【従来型吉本では誕生しない稲垣早希】



ネットと電波媒体がクロスしてくる今日。



【現代芸能】を現象から見える『売れアルゴリズム』と『提供サイド側の思惑』を適当に考察するシリーズ 【従来型吉本では誕生しないコア持つ稲垣早希】

アノ芸人事務所の巨人でありアゲアゲシステムを軸とした劇場原理主義である「よしもと」から出てきた、 「よしもと」的でない新しいタイプのネット等を中心とした「コアなファン」層から流れを形成しつつある女芸人【稲垣早希】

今回は、前回までの「ロケみつ」関連エントリーでのMBSパターンから販売エリア増戦略と物販に書籍を挟んでくる。と概ね推察通りだったモノを もう少し検証し、

編集側の意図を推察しながら新企画の構造や「ロケみつ」の楽しみ方等も、少し違う切り口で適当に考察していく。


-->コレまでの「稲垣早希」関連エントリー

---見出し---

◆『稲垣早希』「ロケみつ」検証と考察?
  1. ▼検証「DVD」の当たりハズレ
  2. ▼検証「書籍」の当たり、ハズレ
  3. ▼考察「ロケみつ」『動物』カード?
  4. ▼考察「ロケみつ」『お色気』カードの楽しみ方?
  5. ▼考察「ロケみつ」での「八光」の楽しみ方?
  6. ▼考察「ロケみつ」での「チャン」の楽しみ方?


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◆『稲垣早希』「ロケみつ」検証と予想?



検証「DVD」の当たりハズレ

まずは、

【稲垣早希】考察0301--「ヨシモトDNA」と関連DVD販売 2010_03_13_[SAT]



での「DVD」に関する、オイちゃんの予想を見てみよう

コンテンツ鮮度が古くなった部分を副音声や未公開映像を含めたボーナス映像など編集によってまかない、 数種類の写真のうちドレかが入ってる的なベタな特典付けるハズと予想


事前の予想をまとめると

  1. 特典は2つ用意してくるはず。

  2. 『映像や音声』で違いを出す。

  3. 現場などの『写真』等を付けてくる。

とした。

結果的には、勝率は「7割」程度。

特典が2つくらいあって、そのうち レンタルと販売で「副音声」という違いを入れてくる。など概ねの部分は当たったが特典の写真を変えてくるというパターンは外したようだ。

7割強は予想を当てているけども、コレに関しては比較的当てやすかったワケで倍率も高くないからもう少しパターンをよんで精度を高められたハズ。

検証「書籍」の当たり、ハズレ

まずは、

【稲垣早希】考察0201--『稲垣早希』のブログ旅ヒットの理由とMBS 2010_01_18_[MON]



での「書籍」に関する、オイちゃんの予想を見てみよう

# DVDの販売の前に書籍を出す。≪DVDの販売は、遅れるはずだからその前に「ブログ旅ガイド」という趣向で、番組で廻った地域などの各地の名産や名所などを載せた書籍などDVD販売までになんらかの中継ぎ物販を入れてくる≫

# 書籍やDVDの物販特典としてディレクターが旅ロケで撮った『稲垣早希』さんの写真を付けてくる。 ≪それも何十種類かのパターンがあり、どれかはわからないっていうパターンにしてコアファンに複数購入させようとするはず。≫

# 番組での「写真撮影」等の場面を写しているのは何かの物販のネタ振り ≪書籍やDVD販売告知時に「あの時の写真か!」というリアクションを出演者がとる。≫


事前の予想をまとめると

  1. DVDの販売の前に『書籍』を出す。

  2. 内容は、「ブログ旅ガイド」という趣向で組んでくる。

  3. 特典は『写真』等を付けてくる。

  4. 特典『写真』は複数枚の種類でコアファンに複数購入させようとするはず。

  5. 特典『写真』は旅ロケでの写真。

とした。

結果的には、勝率は「6割」程度。

販売時期は外したが『書籍』という物販を挟んでくるという予想に関しては高配当だ。

『書籍』に関する内容や、特典である『写真』を複数枚用意する仕掛けなどはホボ完璧に当てているが

最後の詰めの部分である特典『写真』は、どうやら新たに撮り直しているようなので勝率が伸びなかった。

ただ、コレに関しては

「旅ロケ」中にスタッフがワザワザ写真撮影をしている映像と言う文脈と繋がらない。 素直に考えると八光さんが「あの写真は特典用だったのか!」って方がスムーズな気がするんだけどなぁ。

権利関係なのかなぁ。わからん。

考察「ロケみつ」『動物』カード?

ロケみつの企画に関しての予想として



視聴者に対して目先を変えマンネリを防ぐパターンとして『動物』カードを使ってくるだろうと

【稲垣早希】考察0201--『稲垣早希』のブログ旅ヒットの理由とMBS 2010_01_18_[MON]

で、日本の北巡回を一通り終わるか、

西日本終了後に特別企画のような感じで

「ブログ旅リターンズ、沖縄、犬と一緒に一周」など。少ないお金でサキちゃんが動物にも飯を食わせながらブログ旅とか、目先を少し変化させて提供してくるハズ。


という予想を立てたが、既に「ドミノ桃太郎」で『動物』カードを切ってしまったようだ。

≪再度、もう少し練り直して使ってくる可能性はあるだろうけども「稲垣早希」さんが予想よりも早く売れてきているので、 スケジュールをまとまって切れないから厳しいそうだ。≫

内容に関してはコメントしないが、推測した通り動物の予想できない動きと 温度を感じるプロの上手い編集で画面構造が確実に今までと変化しているのは誰もが実感出来る。



考察「ロケみつ」『お色気』カードの楽しみ方?

そして、『動物』カードの次にMBS「ロケみつ」は「宇都宮まき」さんの「おっぱいパター」で『お色気』カードを切ってきた。

実はこの企画はカナリ構図が今までと違い斬新になっていて

今までは、『ロケみつスタッフ』と『演者』という一本のラインにぬいぐるみを来た『ガヤ3人』が突っ込む。という構図だったのが



『ロケみつスタッフ』と『演者』という今までの1本に

『ガヤ』の「宇都宮まき」さんが巻き込まれると言うもう1本の筋を作って、 尚且つ、『演者』と『ガヤ』の「宇都宮まき」さんにも一方的な「ご褒美」関係の筋ができている

合計3本の側面があるという企画だ。

つまり、MBS「ロケみつ」が偶然でなくワザとこの2+1本の構図で目先を変化させる狙いを持って作りこんでくるハズ。



MBS側の編集意図

を考察し「編集映像」を先回りして推察していきたい。

「宇都宮まき」さんの

【ツンデレ】恥らい顔を楽しもう。

と、編集側は考えてるハズ。

いわゆる『ガヤ』として企画意図の『ロケみつスタッフ』へ罵倒する【ツン】と 「セクシーショット」を画面に挟み込まれた時に「宇都宮まき」さんが見せる女性として恥らいの【デレ】を入れ込みたい。 ≪ココに視聴ポイントを置いてるハズ≫

つまり編集側は、「視聴率」を上げるポイントを『演者』でなくて「宇都宮まき」さんの【ツンデレ】感情を撮って視聴者に見せる事に狙い を置いている。に「Betting」したい。

≪男芸人3人では何をしてもナカナカ視聴率が取れない。と分計と毎日ニラメッコしているプロである編集側は、 既に見切っているのはソレはソレで『演者』さんとしては悲しいものがあるがリアルはシビアだ。 だから深夜に使える「お色気カード」を切ってきたのだし、 やっぱり綺麗事でなく現場は0.1でも視聴率を高く取ってナンボな思惑が見える。≫

逆にソレを撮るために編集側は「宇都宮まき」さんの「セクシーショット」を何度も出してくると推察。

MBS「ロケみつ」の編集パターンとして

感情の起伏で見せていくという『映像方針』があるので

「宇都宮まき」さんの【ツンデレ】感情トリガーとしての『お色気』カードを切り続けて

「もうーこのスタッフ、エロすぎ!」とか強い語調だが顔は少しハミカム「宇都宮まき」さんの画像が欲しいハズ。

従って、編集画像も恐らく

【対立構造】を際立てる仕掛けを打ってくるハズで、そこから引き起こされる【ツンデレ】恥らい顔を楽しもう。

ただ、一番の問題は

「おっぱいパター」というロケ企画にとって『編集側』の意図とは別に『演者』3人へ 視聴者が応援コメントを書くのだろうか?

と言うこと。

それがコンスタントに1000を越えるようなロケ企画として成立するだろうか? という疑問だ。

今までのパターンを見ていると男性でも人気があったと思えるコメント数を稼いだのは、 企画内容というより『可愛げ』だったり『見た目』というシビアなリアルの傾向があるからだ。



考察「ロケみつ」での「八光」の楽しみ方?

「八光」さんの

ポジショントークを楽しみましょう。

「八光」さんのパターンは

今の9代目 『林家正蔵』師に似ていて

「こぶ平」時代は「弄られキャラ」として今の「八光」さんのように色んな『TV演芸』で弄られて笑いを取ると言う芸風で 落語家のパターンを知らない芸人やタレントさんなどは、それまでは使い走りとして上から目線で喋れていたのが

ある日、『正蔵』になった瞬間に敬語か丁寧語で喋らないと周りが許さないし、 格のない色物芸人が『正蔵』にタメ口という事が自分自身を世間知らずのアホに見せる事ぐらいは芸能界にいれば理解出来るわけで 『コペルニクス的転回』に面くらうというオモロ現象が見れたワケです。

恐らく、あと数十年後には

「八光」さんも「八方」を継ぐことになり 今の情勢だと上方「月亭」の惣領は「八光」さんだろうし、

「ヨシモト」としてもこれから

「東京」を攻める上で落語等、古典演芸の重要性を誰よりも知り尽くしていて今後も上方では 明るいキャラクターで、 お茶の間へ浸透していける西の「こぶ平」が如く「八光」さんを使ってくる事は簡単に推察でき、

つまり、「八光」さんが大きな問題を起こさない限りは 若手時代に稼いでくれて貢献した子飼いの「八光」さんを「ヨシモト」は押すハズで、

リアルな現実として、

あと数十年後、40代の後半から50代にかけて

「八光」さんが「TV演芸」での知名度の向上による効果もあり、直の弟子も含めて 上方落語の世界で十人以上の門弟を抱える「月亭」惣領として 指導部に入っていく事をカナリの高い確率で推察できて

ハイ、キマシタ!

『コペルニクス的転回』に面くらうというオモロ現象!

関西の深夜で上から目線だった『養成所芸人』さんや『タレント』さんが、ある日から 『正蔵』師現象が如く「格」が上がり「弟子」も抱える噺家に対して、芸人や芸能人として生きていくのなら立場的に上から目線をできなくなる瞬間がくるわけです。≪特に男芸人の場合。≫

「ダウンタウン」さんのように突き抜けた場合は別ですが、並の現代芸人なら年を重ねると古典芸人に立場として抜かれます。 だから、それを芸人として見越し次の手を打った『山崎邦正』さんの見切り感は凄いというのと

今は、そのオチまでの長い「フリ」だと思いながら「TV演芸」を見ているとオモロです。

ただ『正蔵』師現象では、「格」がアマリにも上がりすぎたことでTV局側も使いづらくなり「TV演芸」での露出が極端に減るという副作用もあったわけで、そのあたりはポジショントーク「位置取り」が上手い「八光」さんなので、

ちゃんと自分の中で調整しながら

「深夜ラジオ」での顔と「TV演芸」で見せる顔を180度変えてくる『伊集院光』さんのように 「TV演芸」での顔と「寄席」での顔を変えてくるハズと推察できる。

「ロケみつ」でも、巧みな位置取りから繰り出される「八光」さんの『ポジショントーク』を楽しみましょう。



考察「ロケみつ」での「チャン」の楽しみ方?

「ローラ・チャン」さんの

「ボケ」と葛藤を楽しもう。

外国語のラジオやTVを視聴したりする分には良いけども、「スカイプ」とかでガイジンとジャパニッシュで会話すると ネイティブ言語と違い内容が稚拙になり、明らかに年下の相手に上から目線で来られる経験をした事があるなら

「ローラ・チャン」さんにとっての外国語である日本語をカナリ早い関西弁で喋っている2人の会話 をヒヤリングして意味を理解し、TV番組で自分の意見を日本語で伝えることのできる彼女が現実上で「ボケ」なわけない。

と、わかるだろうけども

お茶の間とは自分の目線でしか認知しない装置だから

彼女は日本の芸能界で生き延びるために 「ボケ」を演じる必要があって、それを含めて彼女の本当は高そうなプライドとの葛藤が≪たまに見え隠れしている≫ 外タレと呼ばれる人達を考察する時のオモロで

『TV演芸』での「外タレ」に求められるポジションとは、「カイヤ」さんであったり「ボビー」や「ユンソナ」しかり、 イロモノとしてエキセントリックだったりピエロのような道化の枠だから。

日本で「アグネスチャン」さんは舌っ足らずなタレントであり誰も知識人として認知しないし、 生前の「テレサ・テン」でさえ日本の「TV演芸」で求められる役割は、少しアクセントのオカシイ話し方での『ボケ』役であった事然りで

MBS「ロケみつ」にとっても

「ローラ・チャン」さんへのディレクションは映像で外人特有の『ボケ』としての役割であり、 彼女は利口そうだからは割りきって『ボケ』てくるのだけども

「ロケみつ」で時に見え隠れする「本当はそうじゃないのに」という仕草や心の葛藤を楽しもう。



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2010-05-24

【ダベリ場】--「どのルートを通っても結局はコレかよ。」みたいなオチコマ 2010_05_24_[MON]



2010_05_24_[MON]



サテンでツレとリアルな「今後」の話をした。

ブログで、わりかし等身大の現在を語っている場合が多いので、数人のリアルツレでないのにブログを観察されている人は オイちゃんの事を哀れに思って頂いている方もいるでしょうが

本人は、リアル生活では、なるべく嫌なリアルから 目をそらして生きているので大丈夫です。

現実と向きあわないようにしています。

こんなハズじゃなかったと自暴自棄とかもアホらしいし、 正当法で残りの人生をコツコツとかも面白みに欠けるし、 真面目にギャンブルで朽ち果てようと思っています。

ありがとうございます。

という話をコーヒーを飲みながらダベってた。

40歳近くでガテン派遣の借金生活とか

リアル底辺なので残念な人生の感じですが、

じゃ、大学出て普通に体調を壊さずドロップアウトしないで社会人として暮らしていたらそれ程オモロだったか?

と推察してみたら

オイちゃんは何かを成し遂げ、生きた証を世界に刻む偉人タイプでもないので、 収入とか環境は違うだろうけど『なんかチマチマとした生きざま』は変わってないんじゃないかと。

まぁ唯一言えるのは、「こんなガッツリと殆ど誰も読まないブログは書いてないのと、サテンでこんなムダ話してないだろうなぁ。」 と言うことぐらいで、

もしドラえもんの『もしもボックス』で

違う未来を覗けるチャンスを得ても「どのルートを通っても結局はコレかよ。」みたいなオチコマで終わる 人生じゃないのか?なんかオイちゃんは、自分自身の事を買いかぶり過ぎ?

「やったら出来てたハズ」とか中学生?

オイちゃんステルスで「自己愛性人格障害」入ちゃってるよ!

そんな考察しながらツレと大爆笑。

そして

今後はどうなって死んでいくのか?

という自分の今までのパターンから

未来シュミレーションもしてみたところ。

以前に田舎に土地は確保したり農業研修をしたりしたので、何かの自営と自給自足しながら、野良作業後、たまにいく近所の場末「スナック」でフィリピンから来た30過ぎの ホステス≪市街地から流れてきた現地と日本に子持ちで名前は「マリア」とかで働き者≫とカラオケして最後は肥溜めに嵌ってキリスト教徒なのに無縁仏になって死ぬパターンかなぁ。

と推察してダベリ終わって帰ってきました。

まぁいいんじゃないか。と思ってます。



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2010-05-23

【SG-U】Stargate Universe(1.18 "Subversion")--3つの見所「ルシアン同盟御用達Verizon携帯は凄い。」 2010_05_23_[SUN]



2010_05_23_[SUN]



SG-1、SG-A、ときて今回は、エンシェントの巡回幽霊船に乗せられた地球人たちの物語「SG-U」



SG-U、シーズン01-18話≪Subversion≫

今週のStargate Universe≪スターゲート・ユニバース≫は、



巡回船デステニィでは、そもそもの最初の『イカルス惑星』が襲われた謎の原因をめぐり展開します。

科学者の「ラッシュ」は、不思議な夢を見ます。

それはエイリアン宇宙船を使う組織であり、『ルシアン同盟』≪SG-1でのゴアウルド崩壊後にできた密輸業者と傭兵達の組織≫の一味の映像でした。

ふと、夢の中で「ラッシュ」は、謎の数字「314」と車のボンネットに映った自分自身である「テルフォード大佐」を見ます。



それは『テレポート石』で「テルフォード大佐」と入れ替わったときに体に残った記憶の念でした。

「ラッシュ」は、「テルフォード大佐」が『ルシアン同盟』のスパイであることを確信し「ヤング大佐」に報告し、この謎を解明するべく 『テレポート石』で再び「テルフォード大佐」と変わり「オニール将軍」の許可も得て調査に乗り出します。

「テルフォード大佐」の家で「ラッシュ」は小さな箱から「314」と刻まれた鍵を見つけ、その鍵を使い保管された『電話』を発見し 『ルシアン同盟』の組織にコンタクトが成功します。

しかし、相手は彼が「テルフォード大佐」でないことを見抜き、宇宙船に乗せて「ラッシュ」を連れ去ります。

船内では、宇宙人の拷問装置で「ラッシュ」は自分がエンシェント科学者である事を吐かされます。



彼がエンシェント科学者であることを知った『ルシアン同盟』の一味は彼をゲートのある基地で「ナイン-シェブロン」ダイアルが出来るように完成させることを強制し ます。

一方、デステニィでは「オニール将軍」がやってきて「テルフォード大佐」に尋問を続けますが吐きません。

「ヤング大佐」は最終手段として部屋の空気を抜いて窒息させる拷問を行いますが、この続きは来週です。

1.18 "Subversion"「3つ」の見所
  1. おしゃれ布団カバー?
  2. ルシアン同盟御用達Verizon携帯は凄い。
  3. 打切りはオニールが許さん!
(01)おしゃれ布団カバー?

今日のエンシェント製「おしゃれシリーズ」です。



船内の「ラッシュ」が使っている「布団カバー」

シックな柄です。

もちろん、あんな襲われている時に「布団カバー」だけを持って逃げた人はいないはずですから

この「布団カバー」は船に備え付けの「布団カバー」であると考えた方が素直です。

エンシェント人達も案外、美的な感覚は我々人間の保守的思考に近いのかもしれません。



(02)ルシアン同盟御用達Verizon携帯は凄い。

さー、『ルシアン同盟』が出てきました。

彼らがスパイとの通信に使っているVerizon製携帯電話。



電波がゼロ本。

充電をしなくても待機放電をしない携帯でコールすると



つながったりします。

『ルシアン同盟』御用達Verizonは凄い。



(03)打切りはオニールが許さん!

ハイ、 おまんたせしました。

とりあえず、SGシリーズでもユニーバースは、シーズン1から視聴率がイマイチなので

【御大】登場ですよ。



「オニール将軍」直々に乗り込んできました。

アドリブなのか、制服を弄るセリフも渋いです。



カーターですよ。

脱ぎません。



ダニエルは、カシャカシャでかい音の出る巨大望遠カメラで尾行して逃げられます。

彼は、文脈に意味もなくムキムキマンになったり、 油断してるとチョクチョクこういう事をします。

せめて「ビデオ」にした方がいいと思うのですが、

ひょっとしたら高価なカメラを視聴者に見せたかったのかもしれません。どうだ、いいだろ!



今回の教訓は、「アンアテナ0本、でもそんなの関係ねぇー!」というお話でした。 とにかく日本の自衛隊も、充電しなくても電池が持ち、アンテナに関係なく電話の出来るバリゾン携帯の型番を調べて購入スべきです。

次回≪1-19-Subversion≫は「カーター、また画面から~」って感じで視聴率をナントカ頑張りたい感じのようです。 なんとかシーズン中打ち切り≪尻切れ≫の宿便放送は免れて欲しい感じです。



楽しみです。



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2010-05-21

【現代芸能】吉本興業04--「ヨシモト」と闇勢力 2010_05_21_[FRI]



2010_05_21_[FRI]



シリーズ【現代芸能】ヨシモト芸人を作ろう!考察



ネットと電波媒体がクロスしてくる今日。



【現代芸能】を現象から見える『売れアルゴリズム』と『提供サイド側の思惑』を適当に考察する

シリーズ 【ヨシモト芸人を作ろう!】


-->コレまでの「ヨシモト」関連エントリー

---01見出し---

「ヨシモト」スーツを着たテキ屋、興行師軍団
  1. ▼「小説吉本興業」幕開き
  2. ▼「ヨシモト」とは何なのか?
  3. ▼「ヨシモト」が持つ特質は?
  4. ▼「ヨシモト」資料や関連書籍で、
  5. ▼「ヨシモト」がナゼ漫才にこだわるか?
  6. ▼「ヨシモト」がナゼ芸人より上か?
  7. ▼「ヨシモト」幹部が社員に贈るイズム
  8. ▼「ヨシモト」幹部しか知らない謎の小箱
---02見出し---

「ヨシモト」創業と攻撃的経営史
  1. ▼「ヨシモト」創業前、上方では、
  2. ▼上方「桂派」VS「三友派」の争いは、
  3. ▼「ホリエモン」如し「岡田政太郎」参上。
  4. ▼「ヨシモト」創業、「反対派」と手を組む。
  5. ▼「ヨシモト」と二代目「岡田」の利権戦争。
  6. ▼「ヨシモト」初めての関西制覇。
  7. ▼「ヨシモト」創業の攻撃的経営手法
  8. ▼「ヨシモト」攻撃的経営史
  9. ▼漫才師の父「林正之助」と落語
  10. ▼「ヨシモト」物語を彩る「吉本せい」
---03見出し---

「ヨシモト」芸と政治
  1. ▼「ヨシモト」の2010年、政治案件パドリング?
  2. ▼「ヨシモト」の「ワッハ上方」と政治案件?
  3. ▼「ヨシモト」の屋台骨を折りかけた政治案件?
  4. ▼「辻阪」脱税疑獄関連を追った記事や
  5. ▼「神創り」太古から政治と芸能は切れない。
  6. ▼「世阿弥」は政治で生かされ政治で死ぬ。
---04見出し---

◆「ヨシモト」と闇勢力
  1. ▼「ヨシモト」とライオン興行師【林正之助】
  2. ▼「ヨシモト」と浪曲師【広沢虎造】「ツブシ」案件?
  3. ▼今と違い興行師は興行師であった時代。
  4. ▼この【広沢虎造】案件での切った張ったは、
  5. ▼喧嘩上等!【桂春団治】を監禁せよ
  6. ▼「浪曲」や「落語」と違い【講談】という
  7. ▼「山春」のように興行師とは違う
  8. ▼興行とは「顔」で行い体を張る稼業だ。
  9. ▼現在は興行にも「業界コンプライアンス」が


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◆「ヨシモト」と闇勢力



「ヨシモト」とライオン興行師【林正之助】

某闇勢力の組長が死んだ葬儀の写真を撮られて「林正之助」さんが写っていた事を指摘され



「おまえ、知らんのか?アレは双子の弟や。闇勢力とは付き合っちゃいかん!弟にもちゃんと言うとかなあかん。」 というニュアンスで答えたという「林正之助」さん。

≪知らない人のために書いておくと、もちろん関連誌において双子の兄弟は現在まで確認されていない。≫

その「林正之助」さんが逮捕されたのが

1968年(昭和43)

『マーキュリーレコード乗っとり事件』



上手くいかなかった交渉に苛立った 「林正之助」さんが

「山口組300人で血の海を降らせてやろうか」

とやってしまい

当時の新聞見出し 【興行界の企業暴力手入れ】という見出しをつけられ、恐喝で御用。

「ヨシモト」の浪曲師【広沢虎造】「ツブシ」案件?

「ヨシモト」と絡んだ事件。

もちろん「ヨシモト」が発行する社史80年には載っていない。

マーキュリー事件より、もっとまえ

1940年(昭和15)、

オモテの笑いの裏側。 この界隈に本物の狂気が渦巻き「司法」でなく「私法」がまかり通っていた時代。

当時人気があった浪曲師【広沢虎造】は、浪花家金蔵という興行師がマネジメントしていて、



その金蔵がヨシモトと「興行と映画」に関して独占契約していたのにも関わらず

【広沢虎造】が保良浅之助≪下関が本拠地で政友会の代議士もしていた籠寅組の初代組長≫

から頼まれて日活映画の契約をしてしまう。

当時、【東宝】と深い関係にあった「ヨシモト」は【広沢虎造】案件に対していわゆる「ツブシ」に入る。

≪もちろん浪曲がらみで、日活ともヨシモトは佐渡情話など仕事をする。≫

今と違い興行師は興行師であった時代。

「吉本せい」さん達「ヨシモト」側で「ツブシ」を依頼する山口組との交渉窓口だったのが 若き「林正之助」さん達。



ただ、相手も「ツブシ」を入れられると顔で商売している籠寅組のメンツも地に落ちてしまう。

籠寅組の若い衆が浅草にあった金蔵の事務所に押しかけて【広沢虎造】案件「ツブシ」の撤回を迫る。

ちょうどその頃、

この件で上京していた「ヨシモト」の押さえであった山口組の二代目【山口登】も、それを聞きつけて



籠寅組による「ツブシ」の撤回を阻止するために

和解金を持って約束した通り金蔵の事務所に向かう。

籠寅組の5人とデイリ状態になり、二代目【山口登】も応戦し一命はとりとめるが日本刀やあいくちで18ヶ所ヤラれて大怪我≪この怪我が元で数年後に死亡≫

二代目のボディーガードしていた客分の≪中島武雄≫がヒトリ死ぬ事態になり新聞に載る

リアル清水の次郎長。

漫画みたいだけど、コレ全部、界隈的には有名な実話。

不義理に対しては「ツブシ」

コレがまさしく興行師の原型で時代とともに手法は変わるが

「ヨシモト」が行く道には避けられないDNA。

この【広沢虎造】案件での切った張ったは、

Wikiにある【山口登】「1940年春、吉本興業の絡んだ抗争で、下関の籠寅組に浅草田島町で襲われ重傷を負った。1942年10 月、41歳で死去。」と書かれているが

コレが【広沢虎造】「ツブシ」案件。

たまたま死人が出たからスッパ抜かれただけで、 この時代に生きた芸人歴伝を読んでいると、

こういう【案件】に絡む興行師とヤクザの話はしょちゅう出てくる。

で、ソレ関連書籍を読んで分析し考察していると「ヨシモト」なんていう当時からの興行界のビックネームは、 二代目【山口登】との関係でもわかるように

その当時の「ヤクザ」とも付き合いとは、

本当の最高幹部達と持ちつ持たれつで公然としていたが、 社会も現在の認識とは全く違いソレを当たり前のように 受容していた。そういう世界だったようだ。

だから、よくこの時代の「ヨシモト」と山口組との関係をもって「ヨシモト」を非難するのは非常にナンセンスだ。

≪そういう論でブログのエントリーを書いている人は、全体を時代で捉えられていないのだ思う。 ≫

この時代はヤクザも金看板を堂々と掲げて生活していたし、社会もそれを受容していたという社会状況があったのだ。

現在とは、全く違う。

喧嘩上等!【桂春団治】を監禁せよ

あはは。「ヨシモト」が芸人の身柄をおさえたり、借金をカタに家財道具まで取り上げるとか。

漫画の世界じゃあるまいし、ありないよ!

ヤラレれる芸人は売れてない三流ドコロだけでしょ?

答えは、

「三流ドコロ」だと記事にならないので後世の人には見えないから表面に出てきて知ることができるのは、 【人が死ぬ】とか、【捕まる】とか、対象が【一流ドコロ】の場合というだけだ。

つまり、興行屋「ヨシモト」にとって方針に逆らうヤツは、 芸人の一流ドコロだとか関係ない。

何故か?

何度も書くが「ヨシモト」とは芸人が売れて独立したわけでもなく、付き人や、マネージャーが独立したのでもなく 興行師の棲む【興行屋】が巨大化した会社なのだから。

興行師軍団「ヨシモト」にとって重要なのは、 芸人界の格よりも昔から「ヨシモト」幹部たちが口にする「ヨシモト」に【貢献】しているかどうかという判断基準のようだ。

1930年12月17日(昭和5)

『春団治事件』というラジオ出演に関する案件では、春団治をラジオに出さないようにする為に当時のJOBK≪NHKラジオ大阪≫の辺りを固めて 春団治を見つけ次第、監禁する作戦を立てて実行するもウラを書かれて失敗し

ラジオ出演をヤラれて、



『喧嘩上等!興行師が芸人に舐められてたまるか!』

という、いつもの通常運行「ヨシモト」は、 借金を盾に『春団治』の家具から金目の物を全部差し押さえ手続きを取る。

とうぜん、寄席出演も禁止。

しかも攻撃的な「ヨシモト」は放送を行ったBKに対しても牙をむく。

ただ、ココからが芸人『桂春団治』が並の芸人と違うところで、あの「ヨシモト」を敵に回して口に差押書を張った衝撃的な写真等で 新聞等のメディアに載るなどして世間を見方につけていく。

難癖を付けられたメディア側も、「ヨシモトは芸人を借金漬けにしてコントロールしている」等糾弾を行う。

当時から好戦的な興行師軍団「ヨシモト」幹部たちは、

興行屋をナメやがって、「ラジオ」で芸人を喋らしたら小屋が潰れる。生きるか死ぬじゃ! どうやって「ヨシモト」の敵対戦力と戦争していこうか?落とし所はどのへんだろう?

と、イキリたち反撃を考えている間もなく

このラジオ放送が元に『寄席』へ当初の予想に反してお客が押し寄せ、「ラジオ」で聞いた芸人が見たいという客が増え始めるという現象が起こり、

当時の「ヨシモト」幹部達は、

「コレって儲かるやん?」

手のひら返し

このラジオ媒体を積極的に取り込む戦略に切り替える。

しかし、一方の「ラジオ」とは手を組む戦術に切り替えるという矛盾をしていても 『桂春団治』に関して

「ヨシモト」は多くの芸人を抱える興行屋として

『顔』を潰した事に対しては、許すことが出来ない。

最終的には、2代目『林家染丸』師≪上方林家の止め名で、ヨシモトの大看板≫が上方落語家団体の長として「ヨシモト」に何度も何度も頭を下げ、 「ヨシモト」も貢献度の高い染丸師の顔を立てる感じで怒りの矛先を収めて許しを得ている。

≪今で言うと、『笑福亭仁鶴』師が「ヨシモト」に頭をさげるような感じのようだ。 また『桂春団治』級の噺家さえ芸界から永久追放するチカラが「ヨシモト」にはあった。≫

「浪曲」や「落語」と違い、【講談】という

現在では かなりマイナーな「口演芸」でさえ、

当時は露骨な【顔役】はちゃんと存在していて、講談の三代目「神田伯山」以降の神田派だと、



有名なのが神田会の会長をしていた通称「山春の隠居」と呼ばれていた元「テキ屋」だった「山田春雄」

この時代の東京の演芸史を読んでいると元「テキ屋」という暴力装置を力の源泉に名前がちょくちょく出てくる浅草の【顔役】で、 興行の世界にも首を突っ込んでいて【山春興行部】という名前で浅草田島町に事務所をかまえていた。

初めは浪曲≪三河家円車など≫だけだったのが、やがて落語等の世界にも関わってくる。五代目「小さん」襲名問題で蝶花楼馬楽≪後の林家正蔵--彦六≫のバックに付くなど。

『奈落と花道』等では「香具師の親分で、そのころ日本中の露店商に侠名が知れ渡っている男だ。頭髪を粋に刈りあげた先々代羽佐衛門 の血をひいているという」等と書かれてある。

席亭とも絡んできますから

Wikiの「山田春雄」にあるように本名は「山田鉱次郎」≫

寄席への出演権や一派の襲名興行なども取り仕切り、もちろんマージンも抜くという構図だったわけです。

明治後期から昭和初期ぐらいまでが書かれた関連書を読み漁ると、芸能界と言うのは講談だけではなく、

亭号、屋号、芸の各流派には「おさえ」として、力の源泉がどこにあるかは様々だが前述の 三友派の堀江「賑江亭」の藤原重助などのように芸人以外の【顔役】が存在し

芸史を彩っていきます。

「山春」のように興行師とは違う

また芸人を差配する【太夫元】とも少し違うブローカーのような人達と、 当時「ヨシモト」のような寄席や小屋を持つ

日本を代表する大興行師達でさえ、

出演契約など金のヤリトリをするわけで、弱みを見せれば漬け込まれキツク締めすぎると合口を返され 興行はナカナカ普通の人達が介入できる世界ではなく

興行師関連の書籍を読むと

戦後の芸能界に政治が『第一次頂上作戦』で一部の組織を排除するまで契約書もない権利関係が複雑に入り組み、

前述の【広沢虎造】案件などのような事件を生む土壌を常に孕み続けていたりしてたようです。



ちなみにチャカチャンチンチャン『オトコ~伊達ぇ~渡り鳥家業~股旅かけて~苦労するのも~人の為~』の 二代目【広沢虎造】の「清水次郎長伝」は

『文久二年の六月の十七日の夜の四つ(午後10時ごろ)遠州長野』≪閻魔堂の欺し討ち≫という

三代目「神田伯山」が得意としていた「清水次郎長伝」を元に浪曲アレンジされたモノだったりする。とか言う方が オイちゃんは詳しいのだがそれは又、別のエントリーで。

興行とは「顔」で行い体を張る稼業だ。

明治の終りから、そういう世界で勝ち抜き、

「ヨシモト」が最強で獰猛な狩人から

業界の酋長たる自覚で「ヨシモト」が【酋長ゴコロ】に目覚めて、明らかに「ヨシモト」へ敵対してくるモノ以外には牙を向けず 変貌をしてくる時期の話

興行とは『顔』で行うモノであるというリアルと共に味わえる

【「大塚鈴本」は燃えていた】から一部引用しておく。



場面は、 終戦で復員してきて、いきなり上野鈴本の社長におさまった「鈴木肇」若旦那は、芸者通いなどの遊興費に手形を乱発 してたちまちに大借金をつくってしまい、上野鈴本は創業以来の大ピンチに陥る。

返済対策に苦慮、絶望した大旦那の「鈴木孝一郎」は上野鈴本の 廃業を決意する。 ≪昭和26年当時で、6300万円≫



しかし「伊藤光雄」≪大塚鈴本の席亭、上野鈴本の総支配人となる≫は納得することができず、

演芸場の閉鎖に反対して 「私に鈴本の営業を任せて下さい。借金は全部払って見せます」と宣言するも



当時は、こういった興行師には銀行が鈴本レベルでもナカナカ貸さない時代だったので背に腹はかえられぬと 「伊藤光雄」氏は、吉本興行の林弘高専務がいる大阪に向かう。

途方もない大借金の返済を背負い込み、伊藤は焦りの余りの「勇み足」をしてし まうことになったのである。

鈴本の「親族会議」のあった数日後のことになる。 伊藤は、大阪の吉本興行の林弘高専務に「ちょっとお願いしたいことがあるから」と電話して、翌日に大阪へ向かったのであった。

弘高専務も驚く借金の額!

今日の隆盛を極める吉本興行の基礎をつくった「女興行師」吉本せいが、62年の生涯を閉じたのは昭和25年3月のことであった。

吉本せい亡き後の興行を切り回していたのは弘高専務であった。

伊藤はその弘高専務に挨拶をすまして、単刀直入に用件を切り出そうとすると、「伊藤君、お金のことできなはれたか?」といきなり機先を制せられたのである。

伊藤は「はい」と答えるのみで、次の言葉が出なかった。つまりは、すでにその頃は「鈴本はつぶれるよ」と言う噂が関西にまで広まっていたと言うわけである。

専務の「なんぼいるんや?」に、伊藤は「全部ってわけにはいきませんが、とりあえず五千万円お借りしたいのです」

さすがの弘高専務も「ええ、ほんまかいな!桁違いじゃないの……」と驚き、うなってしまったほどである。

専務は「ああ、鈴本はつぶれる、つぶれると大阪まで響いているけど……なるほど、そうか、しょうがないなあ……」と独り言のようにつぶやいていた。

そしてしばらくの間、腕組みをし、 目を閉じていた。

伊藤にとってその数分がなんと長い時間に感じられたことか。弘高専務からどんな返事が返ってくるか、実に不安な時間だったと、伊藤は語っている。

そんな伊藤の緊張感を打ち破るかのように、弘高専務は受話器を取りあげ、ダイヤルを回したのである。

「ああ、わしじゃ、吉本の林や。来週の火曜日に上京するよって、五千万現金で用意しておいてくれ。良いか、頼みまっせ」と言って受話器を置き、

伊藤に「今、伊藤さん聞いてのとおり、 東京の大和銀行の本店にかけました。火曜日に用意しておきますから使って下さい」と快くおっしゃったのである。

伊藤は涙を流して喜んだのだった。

そんな伊藤に「ただし、伊藤さん、条件があります」と伊藤の顔をのぞきこんで専務は言った。

「伊藤さん、あなたの体を担保にしてくれないか……同じ興行師の仲間で、大阪の吉本の若造が天下の鈴本に金貸したなんてことがバレるようなことがあったら、 上野鈴本が世間の笑い者になります。ですから、そんな失礼なことは出来ませんから、君を抵当に君に貸すならかまいません。伊藤さんが担保になってくれますね……」

伊藤はもちろん「私の体でよかったら結構です」と答えた。

そして夕飯を御馳走になり、急ぎ黒門町の大旦那の家へ帰って行ったのであった。

≪「大塚鈴本」は燃えていた:「渡辺武男」:伊藤、自分を担保に吉本興行に借金≫
これがノンフィクションであり実話だから

酋長「ヨシモト」カッコ良すぎるのである。

しかし、この時代は特に興行とは【顔】でするものだから帰ってから事の成り行きを大旦那に話すと大目玉を食らいます。

弘高専務との一件を得意げに報告すると、突如、「お前、バカも休 み休み言え!」 大旦那の雷が落ちてきたのだ。

呆然としている伊藤に追い討ちをかけるように

「断ってきなさい。吉本からはビタ一文借りない!しかしそんな言い方をしちゃあ角がたつ。だから色々考えたけどお断りしますって、こう言って断ってきなさい!」

と孝一郎大旦那は怒りをあらわにしたのであった。

「大阪まで恥 をかきに、しかも独断で何てことを……。電話では失礼だから明朝早く、林さんのところにいって断ってきなさい」

それから孝一郎大旦那は、伊藤にお説教をした。

「伊藤なァ、もし仮に吉本だろうが歌舞伎座だろうが明治座だろうが、興行師から鈴本のわしがお金を借りたということになると、生涯、興行はできないんだ。そういうものなんだよ。 そういう世界なんだ……」

伊藤は、それまでの高ぶった感情がすっかり萎えてしまい、今は自分の愚かさに愛想をつかしていた。

「今夜はもう汽車がありませんから、明朝行ってきます」と言って引き上げたが、一人になると妙に悲しく、情けなく、涙が止めどもなく流れた。

≪「大塚鈴本」は燃えていた:「渡辺武男」:吉本興行からの借金、社長に怒られる。≫


翌朝、「伊藤」氏は大阪に向かいます。

伊藤の突然の再訪に、吉本興行の弘高専務は「今日は何や……」と怪誘な顔をしている。

伊藤は「お詫びに上りました。主人はご厚意に感謝しております。くれぐれもお礼を申し上げてくれとのことです。しかし興行仲間からはお金を借りることはできないのでお断りしてく るようにと、かように言われて参りました」と率直にお詫びしたのであった。

弘高専務はポンと膝をうち

「偉い!さすが鈴本の大将だ!よく分かった。伊藤君、旦那は立派なお人や。陰ながら応援さしてもらいます。 ……だけど、君のような忠犬ハチ公さながら、主人のピンチを助ける忠義ものを持った鈴本は幸せだなあ……」と羨ましげに伊藤をみつめていた。

≪「大塚鈴本」は燃えていた:「渡辺武男」:吉本興行からの借金、社長に怒られる。≫
その後「伊藤」さんは神経症から胃潰瘍となり血を吐きながら鈴本の借金返済の策を練ることになるのですが、興味ある方は図書館で借りるなり買うなりどうぞ。

この西の「ヨシモト」と東の「スズモト」との接触と言う秘話のくだりを読むと 「ヨシモト」の酋長としての自覚が芽生えている男前ぷりや≪東京吉本だった「林弘高」氏の個人的資質論は取らない≫、

【興行】と言うモノの本質が見えてきます。

現在は興行にも「業界コンプライアンス」が

金科玉条として奉じられ

表面上は若きライオン「林正之助」さんが興行師として裏回ししていた時代とは違い、 大手はプロダクションと名前を変えたが

現在も一部では、



年末の特番でも有名だった某プロレス興行の関係者が不審死だとか週刊誌を未だに賑やわし、

「重田雅通」さんの「最後の興行師」にもあるように 大手が入ってこない小さなリアル興行の現場では第三次頂上作戦(1975年~1978年)以降でも変わらずの 切った張ったが

リアルな日常描写とともに出てくる。興行師と言う業がよくわかる一節などで批評のために一部引用する。

また、ある地方都市で、プロレスの興行を行ったときには、ちょっとしたトラブルがあった。

会場はスーパーマーケットの屋上だった。

広島県呉市のFという男に「プロレスをやりたがっている人がいる」という話を 聞いて、地方のプロダクションのMという人間を紹介され、それで興行を打ったわ けだが、このMが金を持って来ない。

いくら言ってもらちがあかないので、私は 「金を持って来るまでゴングを鴫らさへん」と断言した。

試合を始めないまま三十分ほど経った頃、ついにしびれを切らした客が騒ぎ始めた。

そこへMが来て、「支払いについて、ちょっと話がある」と私を呼び出した。

おかしいと思いながらMについて行ったが、

思った通り、人気のないところで待っていたのは、数人の暴力団風の男だった。

その中の一人が「金は終わるまでにつけるから、ゴング鳴らしたってくれ」と言う。

私は毅然として「あかん、この場で金をつけんかつたらゴングは鴫らさへん」と言い放ち、

しばらくその場ですったもんだしていた。

すると、突然、サバイバルナイフを突き付けられて、「やったろか!」と凄まれたので、「刺せるもんなら、刺せや!」と言い返してやった。

ようやらんのはわか ってる。

これくらいで怯んでたら、興行師なんかやってられるか。

結局、Mは、総額の三分の二の金を持って来て、残りの三分の一は終わるまでに 払うということで決着した。

「最後の興行師」:「重田雅通」:興行師VS広島の与太男。≫
本文にもあるが、こういう興行師達が「与太」などと呼ぶ人間は、ギリのライン≪サバイバルナイフを出す時点で本来はアウトだが≫で 相手を飲み込めるか探っているのだ。

結局、総額の金を分割で手を打つが、相手は元々「コンプライアンス」どころか「銭」は有っても 自分より弱いヤツから如何にして出し抜くか。 という約束などあってない世界。

契約確定後も交渉で切り抜けようとしているヤカラなのだ。

それがリアルだ。

そして多く繰り広げられる少し困った日常の風景のようだ。

弱みはもちろんだが一刺しぐらいで怯んでしまったら、与太はそこに漬け込んでグイグイ攻めて来ると言うのだから、

コレを魑魅魍魎の世界と呼ばず何と呼べばいいんだろう?

喰わねば喰われる魑魅魍魎の世界で、時に自らの手を汚しながら『ライオン』と恐れられた男たちのDNAが刻まれる「ヨシモト」

1軒の三流小屋から日本屈指の興行屋へ「ライオン」が言う【闘争心】と【愛社】で勝ち上がった「ヨシモト」

コノ世界で100年生き延びた興行会社「ヨシモト」

考察するには非常にオモロだ。



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2010-05-20

【現代芸能】吉本興業03--「ヨシモト」芸と政治 2010_05_20_[THU]



2010_05_20_[THU]



シリーズ【現代芸能】ヨシモト芸人を作ろう!考察



ネットと電波媒体がクロスしてくる今日。



【現代芸能】を現象から見える『売れアルゴリズム』と『提供サイド側の思惑』を適当に考察する

シリーズ 【ヨシモト芸人を作ろう!】


-->コレまでの「ヨシモト」関連エントリー

---01見出し---

「ヨシモト」スーツを着たテキ屋、興行師軍団
  1. ▼「小説吉本興業」幕開き
  2. ▼「ヨシモト」とは何なのか?
  3. ▼「ヨシモト」が持つ特質は?
  4. ▼「ヨシモト」資料や関連書籍で、
  5. ▼「ヨシモト」がナゼ漫才にこだわるか?
  6. ▼「ヨシモト」がナゼ芸人より上か?
  7. ▼「ヨシモト」幹部が社員に贈るイズム
  8. ▼「ヨシモト」幹部しか知らない謎の小箱
---02見出し---

「ヨシモト」創業と攻撃的経営史
  1. ▼「ヨシモト」創業前、上方では、
  2. ▼上方「桂派」VS「三友派」の争いは、
  3. ▼「ホリエモン」如し「岡田政太郎」参上。
  4. ▼「ヨシモト」創業、「反対派」と手を組む。
  5. ▼「ヨシモト」と二代目「岡田」の利権戦争。
  6. ▼「ヨシモト」初めての関西制覇。
  7. ▼「ヨシモト」創業の攻撃的経営手法
  8. ▼「ヨシモト」攻撃的経営史
  9. ▼漫才師の父「林正之助」と落語
  10. ▼「ヨシモト」物語を彩る「吉本せい」
---03見出し---

◆「ヨシモト」芸と政治
  1. ▼「ヨシモト」の2010年、政治案件パドリング?
  2. ▼「ヨシモト」の「ワッハ上方」と政治案件?
  3. ▼「ヨシモト」の屋台骨を折りかけた政治案件?
  4. ▼「辻阪」脱税疑獄関連を追った記事や
  5. ▼「神創り」太古から政治と芸能は切れない。
  6. ▼「世阿弥」は政治で生かされ政治で死ぬ。
---04見出し---

◆「ヨシモト」と闇勢力
  1. ▼「ヨシモト」とライオン興行師【林正之助】
  2. ▼「ヨシモト」と浪曲師【広沢虎造】「ツブシ」案件?
  3. ▼今と違い興行師は興行師であった時代。
  4. ▼この【広沢虎造】案件での切った張ったは、
  5. ▼喧嘩上等!【桂春団治】を監禁せよ
  6. ▼「浪曲」や「落語」と違い【講談】という
  7. ▼「山春」のように興行師とは違う
  8. ▼興行とは「顔」で行い体を張る稼業だ。
  9. ▼現在は興行にも「業界コンプライアンス」が


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◆「ヨシモト」芸と政治



「ヨシモト」の2010年、政治案件パドリング?



もちろん、政治側からのリークだろう。

「ヨシモト」所属の某落語家が出馬表明する少し前である。

夏の参院選まで3カ月。

「使えるものはなんでも使う」。

選挙を仕切る小沢幹事長が次に仕掛けるのは、人気お笑い芸人の擁立か。

 政界のニュースを「平沼・与謝野」新党が占めていた4月7日。民主党の小沢一郎幹事長は、国会議事堂2階にある自身の執務室に、意外な上客を迎えた。  客間に現れたのは、吉本興業社長の大崎洋氏(56)だった。

 お笑い界のガリバー的存在の吉本興業の社長を2009年から務め、業界内では、あの「ダウンタウン」の育ての親として広く知られている。

 内閣支持率も党の支持率も低迷し、「仏頂面」が多かった小沢氏の顔つきは、いつになくほころんだ。

≪小沢と吉本社長が密会--AERA--2010年4月12日≫

大阪にあると言われる【お笑い100万票】

【政治】と【芸】は互いの思惑との駆け引きで絡み合う。

「ヨシモト」のトップマネジメントは、当然、表立っては「吉本は民主党に付いた。」とイメージを付けたくない。

しかし、民主党は【お笑い100万票】を自分に向けるよう「ヨシモト」との親密ぶりを意図的に流し続ける。

政治とは権力であり、『芸』を自らの力の為に利用する。

一方、民主党に対峙する【自民党】からしたら面白くないだけではなく、 彼ら政治家達には命を掛けた戦いであるから「ヨシモト」も民主党と共に政敵となった時には最悪である。

ここのパドリングを誤ると 【政治に近すぎる芸は、いつの時代も政敵側から追い落としの対象】となる。

「ヨシモト」であっても

政治という権力機構の一方に肩入れすぎると 勢力地図が塗り替えられた時は、「パージ対象」として確実にヤラレル。

かと言って、権力にある「民主党」を袖にすれば友愛の名のもとに「ヨシモト」を仕分けの対象とするのは目に見えている。

「ヨシモト」トップマネジメント側は「ヤクザ」との交渉など比べ物にならない慎重なパドリングが続く。

政治は、『そんな阿呆な。』では終わらない。

「ヨシモト」の「ワッハ上方」と政治案件?

もちろん、上方文化の継承という事業は

非常に意味があることだし

【そんなモンいらん】と言う一部の考え方には個人的に反対だ。≪運営は別問題だが個人的には、ココより先に潰すトコあるんじゃね?という考え方。立地や施設としては良い所。≫

また権利関連を考えた場合に「ヨシモト」の参画なしで、成立するとは到底思えないが、

【横山ノック】氏の府政下で進められ、

運営する会社が関西の民放局関連という

政治主導で利権がらみになると

橋下徹知事のような、全く「ヨシモト」としても対抗ができない人気がある場合は窮地に追いやられる。

というサンプルケースになった。

ただ、ここからの「ヨシモト」≪関西民放連合と言うべきか≫が凄かったのが、

実は、この事を関西の民放では当初は『橋下徹知事が関西の文化を破壊か?』というようなセンテンスで 「ワッハ上方」を守ろう的な論調の放送をしていたのですが、

橋下徹知事は、あんな感じなので全く怯むことなく

「賃料が相場の何倍もしている」「管理会社が民放局がらみ」≪横山ノック時代の経緯を調べると牽制≫というタブーをバンバン言っちゃって

実は、コレが政治と利権マターだという事が週刊誌やネットを中心として「ヨシモト」関西民放連合の旗色が悪くなってきたら

ヨシモトは早かった

おそらく「このままじゃ完全に負ける!」

と思った喧嘩上手の「ヨシモト」関西民放連合は、ソレまでの強気な攻めから一転して大幅な賃料のディスカウントと、

「橋下徹知事、あんたはオカシイ!」という態度から

「橋下徹知事、大阪の文化の灯火を消さないで下さい!」という泣き落とし気味の論調で、 橋下徹知事の振り上げた拳を軟着陸させるタフな交渉戦術へと切り替えて

おそらく橋下徹知事も「ワッハ上方」が本丸ではないので、「ヨシモト」関西民放連合との全面戦争や焦点化は避けたかったハズで 喧嘩上手の「ヨシモト」も当然、それはみこしながら

「ヨシモト」関西民放連合が大幅ディスカウントという痛みを取るが、完全な敗北とはならない『実』を取り。

≪つまり廃止でなく痛みを伴う改善≫

「ヨシモト」のビルから通天閣への移転が中止され、その代わり「ヨシモト」関西民放連合から減額させるという

橋下徹知事の政治的な勝利

で、一応の決着は付き

≪コメントを拾っていくと初めから橋下徹知事は廃止を狙ってというワケでなく、「ヨシモト」関西民放連合が勝てると思って知事と勝負する姿勢を見せたので、 知事はワッハ上方が最後まで楯突くなら廃止もありうるという姿勢だった。≫

『政治は本気になったらツエーーー』という事と、

『喧嘩上手の手のひら返し「ヨシモト」真骨頂キターー』という

「ヨシモト」と「橋下徹知事」という2つの喧嘩上手どうしが争った見ごたえのある勝負だった。

橋下知事、頭下げ通天閣側に謝罪 “笑いの殿堂”ワッハ現地存続



大阪府立上方演芸資料館(ワッハ上方、大阪市中央区)の観光名所・通天閣(同市浪速区)への移転問題で、橋下徹知事は28日、通天閣を運営する通天閣観光の西上雅章社長と面会し、移転方針を撤回し、吉本興業が家主の現在のビルで存続することを伝えた。橋下知事は「社長におわびし、現地存続させてくださいと伝えた」と述べ、二転三転した騒動にようやく終止符が打たれた。

  吉本の公約40万人下回れば廃館

 橋下知事は28日朝、通天閣を訪れ、西上社長と約20分間にわたり面談。経緯を説明し、現地存続に理解を求めた。

 その後取材に応じた橋下知事は「社長に申し訳ない」と、そばにいた西上社長に頭を下げて謝罪。「笑いの文化を引っ張っているのは吉本さん。真っ赤っか(赤字)の覚悟でやるという意気込みを断ることができなかった」と述べた。

 また、吉本側から提示された平成23、24年度の年間入館者数40万人が達成されない場合は「有無を言わさず廃館」と明言。「(40万人を下回ったら)資料をWTC(大阪ワールドトレードセンタービルディング)に引き上げる」と強調した。西上社長は「終わり良ければすべて良し。府民から見ると得した結果になるので、良かったと思う」と理解を示した。

 ワッハをめぐっては、吉本側に払う賃料と運営費が約4億円にのぼり、新たな移転先として通天閣が浮上。橋下知事は移転した場合の年間経費を約3億円節約できるとして、7月に移転方針を打ち出した。

 現地存続案では、平成22年度の必要経費は賃料や運営費など計約4億円。23、24年度は賃料1億円で、運営費は無料としている。

橋下知事、頭下げ通天閣側に謝罪 “笑いの殿堂”ワッハ現地存続 :「産経」:2009.12.28 11:38≫
当然、その後は、

関西の民放でこの話題がのぼることはホボ無くなる。

「ヨシモト」の屋台骨を折りかけた政治案件?

当然、興行師集団である「ヨシモト」は芸人と共に闇の組織だけでなく政治勢力とも創業時から密接に絡みあう。

一番有名で「ヨシモト」が政治的な勢力争いに巻き込まれたと言われている「辻阪」脱税疑獄。

「花のれん」に出てくる大阪市議の伊藤のモデルになった 元大阪府議会議長の辻阪信次郎が独房でハンカチ2枚で輪を作り首吊り自殺する。

ヨシモトだけでなく松竹や新興キネマの幹部も収監される。

辻阪信次郎と懇意にしていた「吉本せい」さんもコレで捕まって≪病気を理由に保釈されている≫、以降、体調を壊し経営の一線から遠ざかっていく。

辻阪信次郎が「ヨシモト」が不利になる事を語らず自殺し

当時の実質的な「ヨシモト」政財界における活動の中心的役割を担っていたとされる 「林正之助」さんまで手が及ばなかった。

脱税事件の真相が明らかにされず収束し、

「ヨシモト」は最大のピンチを生き延びる。

その後、「ヨシモト」は恩義≪いわゆるヨシモトに死で貢献した≫として辻阪家の遺族を役員として迎える。

ちなみに「林正之助」さんの娘婿である「林マサ」さんの夫「林裕章」さんも地方政治家の子息であった。

「辻阪」脱税疑獄関連を追った記事や

関連書籍を読んでいると一般国民が知る表面上の政治家の脱税事件と言うことではなく、 登場してくる人物や様々な政治がらみの思惑や政争臭が入りくんでいる。

【政治案件】である。

権力との位置が近すぎたのだ。

「ヨシモト」は追い落しの為の「仕掛け餌」としてヤラレル。

辻阪信次郎は、元大阪府議会議長という政治的な背景をバックに地方における許認可情報に近い場所から 「南地土地建物」社長、「虎屋信託」取締という会社を回して財を作っていく。



地方政治では、首長の許認可権限が大きく土木や不動産業や金融業を兼任している、又は役員などで絡んでいる場合が非常に多い。 現在もその傾向は続く。

つまり、「ヨシモト」が圧えられなかったのも地方政治での力学が作用していているからであって既の所で助かったが、

改めて 芸能における【政治ガラミ】の怖さを知る。

ただ、興行は政治家との付き合いは切っても切れない関係であると言う稼業であるということだけではなく、

昨今では、人気芸人が政治家を目指すということもあり関西では深くつながっている。

ただ、「辻阪」脱獄疑獄。のように近づきすぎると反勢力からの政治的パージに巻き込まれるリスクを孕んでおり

闇勢力との付き合いよりも政治マターはより慎重なパドリングが要求させれるようだ。

闇の勢力に刺されてもヒトリの興行師幹部が死ぬ

というダケだが

「政治」ガラミに狙われると『本体』自体が死ぬ場合がある。

「神創り」太古から政治と芸能は切れない。

関係であり、日本も神話時代から登場する。

【アマテラス】が岩戸に隠れ世界に暗闇が覆い続けたときに【アメノウズメ】という芸の女神が踊り、神々の大爆笑を誘う。



その笑い声が気になり、覗き見をしようとして戸を少しあけた所、【アメノタヂカラオ】という男神にひっぱり出され、

光が再び大地にもたらされる。

猿楽者を贔屓にした信長にしても、秀吉や徳川にしても【芸】と【政治の権力者】との距離は近く、

もちろん田楽からの発展に政治権力が大きく関わたのは界隈好きは誰も知っていることだ。

また政治権力と近くなければ【芸】の興行は大きく成功せず、あまた消滅した古代芸能≪殆どがそう。≫のように枯れるか河原乞食と戻る運命であったために

互いが互いを利用して歴史に色を添える。

「世阿弥」は政治で生かされ政治で死ぬ。

国史上、最も偉大な芸人である「世阿弥」が

猿楽のTOPへ、のしあがるのは、

「足利義満」という政治家のバックアップが無ければ不可能であっただろうし ≪詳しくは書かないが関連書籍には、もう一人、天才と呼ばれた若き能楽師がいたが政治力で不遇を味わう。≫



ただ、そんな「世阿弥」でさえ 「政治」と近すぎたゆえに「足利義教」という政治的権力者に興行権を奪われて、

最終的には還暦を超えた歳≪当時ではエライ事≫で佐渡国に島流しという政治という権力との接近時の危うさを味わう。

また「政治」と「能楽」で言うと

江戸時代に興った【喜多流】は、元々の四派であったシテを徳川家という強力な政治力で金剛流から分派を許されて成立し優遇されるのは、余りにも有名だし。

≪長くなるので書かないが関連書籍などを読むと、この分派も信長、秀吉と絡む天下統一の政治的背景がある。≫

もちろん日本だけではなく古代エジプトのクレオパトラも【語学】という当時の芸能でのしあがってきた女傑であったし、 古代ローマでパンと共に政治が利用したのは【サーカス】という曲芸だ。

ソコまで行かなくても、隣の国 は関連書籍に拠れば踊り子「喜び組」を国内政治統治に利用し

「金正日」の夫人であった【高英姫】さんも、日本から渡ってきたコリアンで彼らの言う成分では低い地位であったのに 舞踊家として権力に近づけたわけで

また、その息子である三男が家督を継ごうとしている。

古今東西、「政治と芸」の話は尽きることがない。

そして、おそらく今後も。



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2010-05-19

【現代芸能】吉本興業02--創業と攻撃的経営史 2010_05_19_[WED]



2010_05_19_[WED]



シリーズ【現代芸能】ヨシモト芸人を作ろう!考察



ネットと電波媒体がクロスしてくる今日。



【現代芸能】を現象から見える『売れアルゴリズム』と『提供サイド側の思惑』を適当に考察する

シリーズ 【ヨシモト芸人を作ろう!】


-->コレまでの「ヨシモト」関連エントリー

---01見出し---

「ヨシモト」スーツを着たテキ屋、興行師軍団
  1. ▼「小説吉本興業」幕開き
  2. ▼「ヨシモト」とは何なのか?
  3. ▼「ヨシモト」が持つ特質は?
  4. ▼「ヨシモト」資料や関連書籍で、
  5. ▼「ヨシモト」がナゼ漫才にこだわるか?
  6. ▼「ヨシモト」がナゼ芸人より上か?
  7. ▼「ヨシモト」幹部が社員に贈るイズム
  8. ▼「ヨシモト」幹部しか知らない謎の小箱
---02見出し---

◆「ヨシモト」創業と攻撃的経営史
  1. ▼「ヨシモト」創業前、上方では、
  2. ▼上方「桂派」VS「三友派」の争いは、
  3. ▼「ホリエモン」如し「岡田政太郎」参上。
  4. ▼「ヨシモト」創業、「反対派」と手を組む。
  5. ▼「ヨシモト」と二代目「岡田」の利権戦争。
  6. ▼「ヨシモト」初めての関西制覇。
  7. ▼「ヨシモト」創業の攻撃的経営手法
  8. ▼「ヨシモト」攻撃的経営史
  9. ▼漫才師の父「林正之助」と落語
  10. ▼「ヨシモト」物語を彩る「吉本せい」
---03見出し---

◆「ヨシモト」芸と政治
  1. ▼「ヨシモト」の2010年、政治案件パドリング?
  2. ▼「ヨシモト」の「ワッハ上方」と政治案件?
  3. ▼「ヨシモト」の屋台骨を折りかけた政治案件?
  4. ▼「辻阪」脱税疑獄関連を追った記事や
  5. ▼「神創り」太古から政治と芸能は切れない。
  6. ▼「世阿弥」は政治で生かされ政治で死ぬ。
---04見出し---

◆「ヨシモト」と闇勢力
  1. ▼「ヨシモト」とライオン興行師【林正之助】
  2. ▼「ヨシモト」と浪曲師【広沢虎造】「ツブシ」案件?
  3. ▼今と違い興行師は興行師であった時代。
  4. ▼この【広沢虎造】案件での切った張ったは、
  5. ▼喧嘩上等!【桂春団治】を監禁せよ
  6. ▼「浪曲」や「落語」と違い【講談】という
  7. ▼「山春」のように興行師とは違う
  8. ▼興行とは「顔」で行い体を張る稼業だ。
  9. ▼現在は興行にも「業界コンプライアンス」が


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◆「ヨシモト」創業期と攻撃的経営史


「ヨシモト」創業前、上方では、

東京と同じく落語が演芸界のメインでした。

まだ「ヨシモト」が産声を上げる前、

名人と呼ばれていた初代「桂文枝」≪桂文治が東京なので上方では止め名≫が在りし頃、



2代目「桂文都」、初代「桂文三」、初代「桂文之助」、初代「桂文團治」が「四天王」と呼ばれていた弟子たちがおりましたが

1874年(明治7年)

初代「桂文枝」死亡の知らせが届くと、

その「四天王」のウチ弟子であった

初代「桂文三」と

2代目「桂文都」の間で

総領をめぐる跡目相続争いが起き

分裂を開始します。

結局は、巷で人気のあった弟弟子の「桂文三」が2代目「桂文枝」≪のち、桂文左衛門≫を襲名 【桂派】総領となった事で

≪ドロドロの争いになってしまった理由の一つとして「桂文都」の妻が、 「桂文三」の妻の母という姻戚関係だった事がノチにも強く遺恨が残ったと言われている。≫

1893年(明治26)

敗れた2代目「桂文都」は桂一門を去り、亭号を改め「月亭文都」と名乗り【三友派】 を立ち上げます。

【三友派】には、

3代目「笑福亭松鶴」、初代「笑福亭福松」、2代目「桂文團治」≪後の7代目「桂文治」≫らが参画する。

上方「桂派」VS「三友派」の争いは、

次第に決着が付き始め、

「桂派」は、固い落語を主眼に置いたため人気が衰え劣勢となり、 ≪こういった歴史の盛衰の流れも、後の「ヨシモト」に爆笑路線を取らせることになる≫

1906年(明治39年)

三友派の世話役だった堀江「賑江亭」席亭の藤原重助の死後に三友派に実質的に吸収される。



「三友派」≪浪花三友派≫は、観客を意識した滑稽噺や住吉公園で大運動会を行うなどの宣伝活動もウケて「三友派」は人気で大きく勝ち上がり、のちに「桂派」を吸収する。

その他にも

「娯楽派」など第一、二、三、四文藝館を根城にいていた諸派なども生まれるが三友、桂両派に潰されている。

時代背景的には「娯楽派」の「第二文藝館」を1912年に吉本泰三・せい夫妻の【吉本興業】が買取り、

後に「ヨシモト」の【花月派】が攻撃的経営の末、1922年(大正11年)「三友派」を懐柔し「ヨシモト」主導で統一を果たすが

まだ今は「ヨシモト」怒とうの関西圏制覇が始まる前である。

「ホリエモン」如し「岡田政太郎」参上。

時代は、

「ヨシモト」が「第二文藝館」の運営を始める2年ほど前、

1910年(明治43年)

3代目「桂文枝」が鬼籍に入り

それまでも斜陽していた「桂派」は完全に勢いが無くなり、

上方落語界にも転機が訪れる。



そのしばらくの芸界の間隙を逃さなかった

「岡田政太郎」が率いる「反対派」≪浪花落語反対派≫

の登場である。

関連書籍によると、「岡田政太郎」は大阪の玉造で風呂屋を営んでいたが ≪それで「風呂政」や、地黒の肌であったので「クロ政」などと言われる≫株の取引で大儲けし、

芸や芸人に対する愛着ではなく金儲けの手段として演芸界に、その潤沢な資金を使って参入してくる。



「岡田政太郎」は演芸界の古参達に対しても

「理屈や伝統はいらん。噺の上手、ヘタも関係ない。演芸みたいなもん、楽しましてくれたらそれでエエ。客にとっては安い値段で見られ、無条件にオモロイもんが最高なんや。」

と、ぶちかましたものだから当時の演芸界からどういう目で見られていたかは想像に苦しくない。

まさにライブドアの創業者が見かけから「ホリエモン」と呼ばれたり、特に野球が好きでもないのに金儲けのツールとして 近鉄バッファーローズを買収しようとした姿にそっくりだ。

「岡田政太郎」は【岡田興業部】という会社で大阪上本町にあった「富貴席」基幹寄席として初期は
【岡田興業部】の事業戦略
  1. イロモノ芸人中心≪オモロければ芸域や巧拙は不問とした。当初はウダツの上がらない落ち武者や、旅回り芸人で構成されていた。≫

  2. 木戸銭を5銭以下≪通常の寄席は15銭ほどなのに1銭程度の寄席もあったようだ≫

  3. 多店舗展開≪グロスで儲ける手法を編み出す。≫

  4. 芸人を借金漬け≪月に一度、芸人に金を貸す日を作り、その借金をカタに自分の運営する多くの小屋に安い割で働く芸人を多く確保する。≫
という当時では『革新的手法』で次々と「桂派」はもとより「三友」両派を撃沈していき、最終的には大真打や売れっ子なども「反対派」の寄席に出るようになったようだ。

合理主義者であった 「岡田政太郎」は、

芸人を差配する【太夫元】であるのに「富貴席」など多くの寄席を運営する席主であったりといった手法が、

後に「反対派」と手を組む「ヨシモト」に大きな影響を与える。

「ヨシモト」創業、「反対派」と手を組む。

1912年(明治45)≪7月30日から大正元年≫

「ヨシモト」は 三流の小屋であった『第二文藝館』を吉本泰三・せい夫妻が買取り、


五銭というディスカウント料金を目玉にして新装開店するにあたって 芸人の調達を、安い給金で賄うために「ヨシモト」は、「岡田政太郎」の【反対派】≪浪速反対派≫と手を組む。

全く何を掛けてもダメだった端席の『第二文藝館』が「ヨシモト」の戦術があたり満員御礼が続く。

1914年(大正3)、≪7月28日に第一次大戦が始まる≫

「ヨシモト」は勢いにませて松島の『薦辺館』、福島の『龍寅館』、梅田の『松井席』、天神橋筋五丁目の『都座』 と次々端席小屋の買収をすすめる。

1917年(大正6)、≪3月12日にロシア革命≫

「林正之助」が200円の給金≪当時の公務員の給料が70円程度の頃≫で【吉本興行部】に「総監督」 ≪つまり、なんでもやらされると言うこと。≫として入社。

関連書籍に拠れば、 実際に1日の休みもとらずに下足番から芸人の面倒までありとあらゆる業務をこなし自転車で劇場を毎日毎日走りまわっていたようだ

この頃から、「ヨシモト」の力も付いてきて反対派は【岡田・吉本反対派】とも呼ばれ始めて 【三友派】と肩を並べる勢力となる。

【反対派】の戦術であった木戸銭の「ディスカウント」とイロモノ芸人への「特化」が当たり続けて 【寓歳】の人気も上がってくる。

1918年(大正7)、≪11月11日に第1次世界大戦がドイツと連合国が休戦協定に調印して終結。7月米騒動≫

「ヨシモト」は遂に端席でなく南地法善寺裏≪現在の法善寺横町≫の『金澤亭』という【桂派】の牙城であった 寄席を買収する。【桂派】が【反対派】に落とされる。

この買収後に、

金沢亭を『南地花月』、薦辺館を『松島花月』、龍寅館を『福島花月』、都座を『天神橋花月』とし

「花と咲くか、月と陰るか」 で有名な「ヨシモト」劇場屋号名【花月】ブランドに統一され、 「ヨシモト」を単独で指す場合に【花月派】と称されることも多くなっていく。

1919年(大正8)、≪6月28日にヴェルサイユ条約≫

「ヨシモト」【反対派】は【三友派】代表寄席の北新地にあった「永楽館」も落として『花月倶楽部』と改称する。

「ヨシモト」と二代目「岡田」の利権戦争。

1920年(大正9)、 ≪3月15日戦後恐慌。株式、米、綿糸、生糸各市場が大暴落。 11月2日にアメリカで世界最初のラジオ放送始まる。 ≫

「ヨシモト」【反対派】は【三友派】の3代目「桂文團治」、3代目「桂米團治」、2代目「桂三木助」、2代目「桂小文枝」ら大物を移籍させ 上方の演芸界をほぼ手中におさめる。

その年の12月7日、

「ヨシモト」と組んでいた【反対派】の首領『岡田政太郎』が急逝≪享年53歳、死因は現在も不明≫、 「ヨシモト」にとって千載一遇のチャンスがおとずれる。

「ヨシモト」は、スグに動き



「ヨシモト」は『岡田政太郎』の息子で二代目を継ぐ『岡田政雄』に対しては、今まで通りの「岡田・吉本連合」で行きましょう。と動揺が起こらぬように 関係を確認したのち、

関西から逃がしていた初代【桂春団治】を借金を精算し契約金2万円に月給700円という条件で呼び戻す手はずを整える。

【岡田派】の戦争に備え着々と準備を整える。

1921年(大正10)、 ≪7月29日ヒトラーがナチス党首。11月4日、原敬首相が東京駅で暗殺される。 アインシュタインが物理学でノーベル賞。 ≫

「ヨシモト」は遂に上方噺家の大物【桂春団治】を正月興行で『南地花月』の舞台にあげることに成功する。



「ヨシモト」は、【岡田興業部】から「ヨシモト」に派遣されていた『岡田政太郎』の腹心だった「青山督」や「瀧野寿吉」等をコチラ側に引き入れ、 その年に二代目の『岡田政雄』に【反対派】の権利関係を1万円で売るように迫る。

『岡田政雄』は渋々従い1万の小切手を受け取る。

1922年(大正11)、 ≪ワシントン会議で海軍軍縮条約に調印。7月15日、日本共産党が極秘で結成。 アインシュタインが来日。≫

その年のはじめ、

「ヨシモト」は、【反対派】の全権を渡さない【岡田興業部】の『岡田政太郎』に【最後通牒】を突きつけ、 その後は間髪あけず敵とみなし攻撃を開始し

反対派の全権をめぐる『岡田興業部』VS『吉本興業部』の覇権戦争が始まる。

その年の2月、

まず「ヨシモト」は『岡田政太郎』に渡した小切手を不渡りにする。

次に

「ヨシモト」は【岡田興業部】の芸人たちに根回しを行い『岡田政太郎』に対して【十か条の要求】を突きつけさせて、 その後にストライキに入るよう手はずを整え岡田達の小屋に穴を開けさせ大打撃を与える事に成功する。

「ヨシモト」は【岡田興業部】に所属していた大半の芸人達を確保し【吉本花月連】を立ち上げる。

瀕死になるも『岡田政太郎』は、

残党達で【元祖反対派】と名乗り「ヨシモト」に対抗する。

「ヨシモト」は尚も攻撃を緩める事なく『岡田政太郎』を孤立させ、

その年の6月頃、

「ヨシモト」の完全勝利で終了し、

「ヨシモト」は当初の所属芸人等のマネジメント権だけでなく、 【岡田興業部】が差配していた『富貴亭』など寄席なども全移譲させ【反対派】の全てを吸収する。

「ヨシモト」初めての関西制覇。

【岡田興業部】との戦争を勝利で終えた

1922年の8月

「ヨシモト」は遂に【三友派】の牙城、法善寺の『紅梅亭』を落とす。それに続き『新町瓢亭』『福島延命亭』、 京都新京極の『芦辺館』『神戸千代廼館』等々の経営権を取っていく。

そして、上方の2代目「桂文枝」襲名騒動から始まった【桂派】【三友派】【反対派】が覇権を争った三国時代は、

「ヨシモト」が【桂派】≪金澤亭≫を落とし

「ヨシモト」が【反対派】≪岡田派≫を飲み込み、

「ヨシモト」が【三友派】≪紅梅亭≫を懐柔し

「ヨシモト」主導のもと【花月連三友派合同連名】という統一組織の完成として終結する。

「ヨシモト」の直営、提携演芸場は大阪18、堺1、京都5、神戸1、三宮1、名古屋1、 関東2。

「ヨシモト」の所属芸人は、落語73名、色ピン芸14人、それ以外が16組、萬歳が4組。関東は「東京交代連」として8組

上方演芸は

事実上、「ヨシモト」抜きでは回らない世界になる。

創業から10年

「ヨシモト」は【攻撃的経営】で実質的な最初の関西演芸界制覇≪関西の完全制覇ではない。≫という偉業を成し遂げる。

もちろん、攻撃的な「ヨシモト」は同時期、日本という国家が強兵で近代化と国富を目指したと同じく

「ヨシモト」は、興行という世界の表裏で攻撃性を増しながら「関西の完全制覇」と「東京の制覇」、最終的には「全国完全制覇」を目指して戦前の日本に突っ込んでいく。

吉本泰三≪吉兵衛≫死去の2年ほど前である

≪1924年2月13日、享年37歳≫

「ヨシモト」創業の攻撃的経営手法

【岡田興業部】から迎入れた青山などに影響を受けながら既存の手法とは違う戦略を「ヨシモト」は生み出し、システム化していき、 それが他店舗化運営の基礎となっていく。

そもそもの始まりが創業者の「吉本せい」が三流の小屋≪端席≫であった「第二文芸館」の買収からで
【吉本興業部】の「第二文芸館」事業戦略
  1. 安いイロモノ芸人≪落語と比べて≫
    を多く配置し≪色が17人、落語を4人≫

  2. デモノは享楽中心≪格式と逆方向≫
    で民衆の趣向に合わせていく≪剣舞、モノマネ、曲芸、女講談、琵琶、怪力、義太夫、音曲、新内、軽口、女道楽など≫

  3. 木戸銭を5銭≪他の寄席はだいたい15銭ほど≫
    という格安料金。薄利多売でグロスで売る

  4. 下足代を2銭≪他の寄席は原則とらない。≫
    木戸銭とは別に取った。本当は7銭払わないと見れないが木戸銭の額だけを大きく宣伝に使う。

    「花のれん」等でも見られる様々なアイデアを「吉本せい」らが運営のノウハウとして確立していく。

といった『格安料金』と『運営』の差別化を行い 観客に見せるという今日へと続く「吉本商法」を次々編み出し、



遂には 戦前、東西で何十という劇場を抱えた日本屈指の大興行会社まで上り詰める。

「ヨシモト」攻撃的経営史

世界恐慌がきた1929年の翌年、

1930年に「ヨシモト」は、萬歳小屋『南陽館』≪千日前の集寄亭という落語寄席を改称≫で十銭萬歳≪今の300~400円ぐらい≫興行をスタートさせる。

今のBaseよしもと、東京のルミネに繋がるコンセプトで新人の顔見せ小屋として当時の世相にも歌われるほど話題になる。

とりあえずやってみてあかんかったらやめたらエエやん」という

その攻撃的経営DNAは脈々と受け継がれる。

戦後

興行師軍団「ヨシモト」は文字通り、

興行屋として壊滅寸前まで追い込まれる。

戦前、

本拠地の大阪では初代【通天閣】まで手に入れ、創業者の『吉本せい』は勲章まで賜り、 関東でも勢力を大きく伸ばし、

オモテの『吉本せい』とウラの『林正之助』というコンビで 関東圏の制覇まで手が届きそうな、あと一歩というところで 敗戦で劇場なども国情と同じく

『国破れて山河あり』状態となり

あの栄華を誇った「大ヨシモト」に所属芸人が1人だけ。

という、あまりにも大きかった『林正之助』氏を中心とする大阪「ヨシモト」幹部の喪失感から

戦後「ヨシモト」の「芸人回しの興行師」というDNAに刻まれる興行屋としての再出発は

ライバルであった「松竹」に遅れる事となる。

復活

しかし、アクセルを再び踏み出した興行師軍団、新生「ヨシモト」は、再び戦前の【攻撃的経営DNA】が蘇り、

新しい『電波媒体』であった【TV】というモノと組み演芸界で再度の【関西圏制覇】に向けて空爆で復活の狼煙を上げていく。

≪インタビューで「ヨシモト」の幹部は「劇場」を城や基地と呼び業務を『地上戦』、「放送媒体」のTVを飛行部隊、絨毯爆撃、『空爆装置』等と形容する事が多い。 今も昔も「ヨシモト」幹部は経営に戦闘用語を多用する。≫

『電波媒体』時代の創世記には、ラジオでの集客ツールとの特性をつかみ、 ≪春団治の事件で負けると見るや、手のひら返しで自分達に取り込んでいく。まさしくコレが「ヨシモト」

今でも密接に絡んでいる関西ローカル某放送局に対して中継の独占契約を結び「ヨシモト」発展に大きく寄与させ、

戦後、「松竹」に大きく引き離されていた関西における演芸界の主導権、支配権を奪還スべく新型兵器であった【TV演芸】を活用し、 新生「ヨシモト」は猛追していく。

【吉本興業】の主な事業戦術
  1. 「仕出しユニット」
    ≪現在の【バータ売り】のはしり≫
    主役の他に 通行人を含めた端役など所属の芸人を出し、全体の出演料をアップさせると共に露出をあげて売っていく と言われる手法を『てなもんや三度笠』等であみだし使っていく。

  2. 「ユニット制作」
    ≪現在の【完パケ】シロ送り状態での売り≫
    芸人だけでなく企画と台本、演出、進行といった『ソフト』に、 スタジオ、大道具や小道具などのセット、カメラなどの 『ハード』もすべて「ヨシモト」が一社で供給独占し中間マージも抜く 手法を『ヤングおーおー』等であみだし使っていく。

    MBSとの共同で「アイ・ティ・エス」を設立する≪1973年、昭和48≫

  3. 「コンテンツ・パッケージ」
    ≪現在ではDVDに見られる≫
    それまでの販売経路であった 放送媒体を使わずネットなどの新チャネルでの流通を積極的に展開し、最終的には川上から流通まで 自分たちで整えて販売しようとしている

「夕刊」に「漫画」等の発行、海外「音楽版権」事業等々豪快なるストライクアウト、三振失敗も多いが

本気で振ってくるので一発「ホームラン」も放り込む攻撃的経営こそが「ヨシモト」イズムで

とりあえずやってみてあかんかったらやめたらエエやん」 なので

『ヨシモト』は潰すことを恐れない強さがある。

で、とにかく「スクラップ」と「ビルド」のスピードが高速だ。

奪取

戦後、長らく「松竹」の後塵を拝していた新生「ヨシモト」は、【TV演芸】という近代兵器を最大限利用した攻撃的経営により

1970年の後半には、再び関西圏における演芸界の盟主の座を奪還することに成功する。

漫才師の父「林正之助」と落語

「ヨシモト」という会社は興行屋であったため、口演芸の『浪曲』『落語』『講談』というモノの他にも歌劇団やレビュー、ミュージカルなど時代と常に寝る体質であるために、

その時代の流行り廃りでありとあらゆるモノに関わっており、映画史は当たり前として野球やプロレス、ボーリング等の歴史にさえ「ヨシモト」は顔を出す。

それが「ヨシモト」であり、

これからもそうだろうから考察するには非常にオモロだ。

当然、演芸界にそれだけの支配力を持っていたのだからオモテに出てくる≪もちろん裏側にも出てくる≫大正からの戦前・戦後にかけて活躍する有名な演芸人の歴史を紐解くと

必ず何処かで「ヨシモト」関連が出てくるのがオモロだ。

それは関西だけではなく、

関東大震災をさかいに多くの関東の大物落語家とも「ヨシモト」は深く関係を持ち、 日本の芸史にも東西大物噺家と「ヨシモト」の交わりが深くしんこうしていく。

「落語芸術協会」の設立に漫才の「ヨシモト」が絡んでいる事は、

この界隈好きであれば誰もが知っている有名なことだが、 長くなるので詳細はWikiにあるような経緯だが、

それ以外にもチョとした落語にまつわるエピソードとして

「ヨシモト」イコール『漫才』という爆笑イロモノ芸で、この世界を制覇した「ヨシモト」なのだが

様々な関連本を読むと、

「大阪の落語を滅ぼしたのは私です。」



と自身が語るように新しい庶民目線の笑いを好んだ「林正之助」さんは、安来節のプロデュースで自信をつけ端芸で地位の低くかった 萬歳をベースに庶民受けするよう改良を重ね

コンビ結成から 「エンタツ・アチャコ」を今でいうイメージ戦略までプロデュースし作り上げ、彼らの成功を皮切りに『大阪イコール漫才』という風土を作り上げた。

そう「林正之助」とは、

上方の『落語』を破壊することで

『漫才』を創造した人

と言えるとおもう。

≪オイちゃんは、その見解を取る。≫

『漫才』が 現在の現代芸能メインストリームの地位となる基礎を作った 本当の意味で『漫才師の父』であり、

『TV演芸』という放送媒体に素早くアタックしていった『八田竹男』氏や文芸部で萬歳を漫才として変革していった 『橋本鐵彦』氏なども貢献者であるが必要条件であり『漫才師の父』は、絶対条件の「林正之助」さんである。



最後まで杖を突きながらも自らが命を削るような切った張ったで芸人を確保し儲けた銭で建てた 劇場に足を運び『漫才師』を見つめ、小屋の客入れを見守った本物の『興行師』であった。

ただ、「林正之助」さんと落語との関係で、 間違ってはいけないのが「林正之助」さんは、

落語がキライで漫才偏重になったのではなく 「ヨシモト」が勝つために『漫才』を選択した

手段としての『漫才』

という事だ。

現在まで「ヨシモト」には多くの落語家が所属しているし

全ての芸人を呼び捨てであった「林正之助」氏も、

戦後の「ヨシモト」全国区への爆進力で吉本御三家と呼ばれた 『笑福亭仁鶴』師、『やすし・きよし』師、『桂三枝』師のうち

特に噺家『笑福亭仁鶴』師に関しては最大の敬意を表し

「うちの一番の貢献者です」「大事にしなアカン芸人です。」 と誰憚らず答えている。

何よりも、「林正之助」さんの関連書籍を読めば、ヒトツの【芸】に溺れるセンチメンタリズムとは真逆にある本物の『興行師』であった事は 今更書くことも無い。

「林正之助」氏とは『興行師』として生き『興行師』として死んでいったビジネスマンであった。

と言うことだ。

「ヨシモト」物語を彩る「吉本せい」

『興行師』というビジネスマンの姿勢を貫いた晩年の「林正之助」さんとは対照的に

創業者の「吉本せい」さんは、当時から斜陽していく上方落語にあって一部の噺家を経営者とは、

また別の顔で可愛がったようで、



「ヨシモト」は 給金を以前は社長であった「林正之助」さんが手渡ししていたそうなのだが≪現在は振込み≫

「春団治」だけは「吉本せい」さんが経営に参加していた時期には彼女自身が渡していたそうだ。

あの時代にあって

女の細腕で立身出世した『女太閤、吉本せい』

日本一の興行会社を作り上げた『女興行師』という記号がつけられた中、 多くの噺家達との交流については虚実とりまぜ関連書籍に多く書かれ、映像にもなり、

彼女が見せる多くの側面である、

「ヨシモト」という興行ビジネスを大成功に収めた興行師、

多くの寄進を行った篤志家、

溺愛した我が子【穎右】と歌手の【笠置シヅ子】さんとの恋愛を絶対に認めず、若くして亡くなった 息子の子【エイ子】も許すことなく、息子の死後、しばらくして死んでいく。

今思えば、それは

現代のロミオとジュリエット

「ヨシモト」という大興行会社の創業本家御曹司という宿命を背負った跡取りの 興行師としてでなく、ある意味真逆である

愛に生き、そして死んだ≪結核≫【花森英介】が「ヨシモト」のサイドストーリとして成立した瞬間
でもあった。



女傑『吉本せい』の生い立ちや、わが子を次々と失っていき若くして未亡人となった家庭的な不幸とのコンストラストが 余計に

創業期から「ヨシモト」を作りあげていくビジネスマンとして冷徹な目を持つ【林正之助】氏と、 女としての情念を完全に脱ぎ捨てる事ができなかった【吉本せい】氏という

二人の姉弟『興行師』が持つ人間の性≪サガ≫による毛色の違いとして際立たせて

社史には載らない様々なサイドストーリーが

止まらない100年企業「ヨシモト」物語に深みを与えている。



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