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2009-05-27

ウメの紙コント『悪モノ』で味わう「独自世界」を造る道徳観念。(u006-010) --2009_05_27_[WED] --【通常型ウメ研究所--サブ・テキスト】



2009_05_27_[WED]

【通常型ウメ研究所--サブ・テキスト】

『ネット媒体』が『電波媒体』とクロスしてきている現在を【現代芸人】の現象から捉えディスプレイの向こう側から適当に考察する。 奇才【現代芸人】シリーズ。【現象としての鳥居みゆき】に続き第二弾【通常型ウメ研究所--サブ・テキスト】。

【独自の世界観】と【キレのあるズレ】で見るものを笑いの【物悲しさ】世界へいざなう、 もうヒトリの奇才女芸人【ウメ】。

常に玄人ウケする一見しただけでは見抜けない奇才女コント師の放つ練りこまれたハイクオリティ「紙コント」を【通ウメ所】が勝手に分析と適当な考察する。

今回は、 【通常型ウメ】さんの【R-1ぐらんぷり2007】版での紙コント『悪モノ』 作者よりも詳しき解説エントリー。




紙コント『悪モノ』



【R-1ぐらんぷり2007 [DVD] 】

【通常型ウメ】さんの【R-1ぐらんぷり2007 [DVD] 】版での紙コント『悪モノ』

※ 一度も無料でパブリックに公開された作品≪いわゆる暗黙で芸人の認知宣伝に利用しているトレーラー的な素材≫ではないので導入部だけを TVにおけるワイドショーのようにイメージ画を用いることで言論活動における批評の従としての手法を準用する。

言論批評における素材引用に関する一連の権利関係のオイチャンの見解については引用@【長めのアテンション】 をどうぞ。つまり、そういう趣旨から言論による批評活動だとしてもイメージで導入部のみという事になります。

是非、【R-1ぐらんぷり2007 [DVD] 】を買って【通常型ウメ】さんの非常によく練られたネタを再度堪能しながら見ていただきたい。

ウメです。よろしくお願いします。

紙コントやります。


    ------◆本筋01<順送り>≪設定は悪モノのパラレルとハローワークのリアル複合型≫ 悪モノがハローワークの章。

    【ちょいサディズム】に【短調リズム】を乗せて【二律背反】からのズレ、独自の【道徳観念】 をパラレルに設定するという 【通常型ウメ】さんしか作れない独自世界満載の「悪モノ」の起。

    ハローワークという『リアル』と「悪モノ」がいることの『パラレル』の妙。

    「悪モノ」という存在をどういう種類かを特定ができない『象徴化』された存在として設定している。 「悪者」ではなくカタカナで「悪モノ」としたのも外来的なイメージを視聴者に与え 【笑いを仕掛けるズレのポイント】で異化を強める効果を狙っている。

    異化された「悪モノ」を「キーホルダー」という無機質に置き換える 「ボケ」で歩み寄る異化「悪モノ」を 更に遠くへ追いやるウメ特有の【ちょいサディズム】な笑い。

    オチは同じ言葉を重ねていく【ちょいサディズム】な「繰り返し」でのベタ「ボケ」からの ベタ突込み笑い。

    実はこの後に続く章の「キプロクオ」伏線となっている。

  1. 紙コント「悪モノ」

  2. 「お母さん、ハローワークに行ってきます。」

    気をつけなさいよ。

  3. わー悪モノだー。

    こないでー。

  4. 「すいません」

    わっ、悪モノ。

    「何か仕事はありませんか。」

  5. ヨシ、みんなで懲らしめてやりましょう。

  6. まちなさい。この悪モノはまだ何もしていないよ。

  7. 「ありがとう。ぼくは普通の人間になりたい。」

    うん、それ脱げばいいよ。

  8. ちょっと、寄って来ないで。

  9. これを付けなさい。

  10. 今日からキーホルダーだ。

    「いやだ」

  11. じゃー、イイことをしなさい。いい人にはなれるよ。

  12. この年金狙いが。

  13. 国民のお金。

  14. オイ、ハローワークで騒ぐな。警察を呼ぶぞ。

  15. 「やっぱり僕は悪モノなんだ。」

    おい、元気出せよ、悪モノ。私は悪モノの事を悪モノって思った事は無いよ。

  16. 「悪モノ悪モノ言わないで」


    ------◆本筋02<順送り>≪設定はリアルに見せてキプロクオのパラレルを使った複合型≫ 飛行場のピンポーンの章。

    喜びから始まる感情を別の位置でズラして 人の弱さを斜めから切り取るニヒリズム。

    本筋01で「キーホルダー」にされた【器具】が本筋02で「金属探知機」に変わって実はそこで 観客の笑いも起こっている。つまり、観客の中ではイメージが残っており「取り違い」での笑いが起こっている。 これは後の章を見ていけばわかるのだが作成の過程で本筋01「キーホルダー」は意図的に後付でキプロクオ効果を狙う為≪際立たせる≫に 違和感のあるポイントを作っている。

    DVDを見直してみるとよくわかるが、本筋01よりも本筋02と続くたびに笑いが大きくなっているのも 構造上、本筋01は、一種のフリになっていて本筋02以降が本筋01で頭に残っているイメージとの「取り違い」での笑いである事がよくわかる。

    オチはベタ「ボキャぶり」を天丼でかぶせてからの 「ベタ突込み」笑い。


    ------◆横筋01<順送り>≪設定はリアルのみ≫ 新郎新婦の入場のあるある。

    以前のエントリーで前述したが、横筋は基本的に「あるある」になる。

    DVDを見直してみると、新郎新婦の入場という設定「掴み」だけに笑いが起きてオチコマで笑いが 尻つぼみになるが、実は見直すとガッチリ構成を固めている章なのがわかる。

    おそらく「作者」が意図した「あるある」に突込みを入れている場面は、

    結婚式の「お色直し」でウケルと思ったのか 調子に乗ってドレスじゃなく得体のしれないカブリモノのようなものを着て出ようとする。 正直な子供に「突込み」を入れられ、 司会者にダメ出しされる。

    という2段構成っぽい。というのが見直すとわかる。 ただ、それをあの一瞬で汲み取るのは不可能に近いけども。


    ------◆横筋02<順送り>≪設定はリアルのみ≫ だるまさんがころんだあるある。

    頭に残っているイメージとの「取り違い」での笑い。つまり「キプロクオ」


    ------◆本筋03<順送り>≪設定はリアルに見せてキプロクオのパラレルを使った複合型≫ 大統領の来日の章。

    大統領なのに『歩いて』≪異化されている≫『部屋を自分で予約』しようとする設定「ズレ」での笑い。

    本筋01で「キーホルダー」本筋02で「金属探知機」にされた【器具】が「部屋の鍵」になりキプロクオでの笑い。

    オチは、大統領≪強さの象徴として設定されている≫なのに泊まる部屋も取れず、旅館の部屋には霊がいて、しかも怖がる。帰りだがる。という叩き込みで弱さを見せていく 設定との「ズレ」オチ笑い。


    ------◆本筋04<逆送り>≪設定はリアル≫ 校長先生のお話の章。

    この最終章、実は【だまし絵】の手法が意図的に使われている。 具体的には16ページの「悪モノ」アップの画面。

    本筋01から「悪モノ」は黄色い目として認識させていき、最後のこの章では「貧血」というワードを使うことで 『黄色い目が眉毛になり目の下の細い線が瞑っている目に見えてくるという仕掛け』を作っている。



    是非、DVDを見直して欲しいのだけども審査員は当然だが、お茶の間の人もこの高度な細かい細工は気づきにくいと思うが、 最終章本筋04を見たあとに本筋01から見直すと、辻褄を合わせる為にちゃんと黄色い目の下に細い線が引かれているのがわかるし、 それを意識してしまうので2回目の視聴から「悪モノ」の表情が違って見えてくる。

    本当に凄い作品と言うのは絵画でもそうだが練りこまれていて1度見ただけでは良さはわかりにくいが、いろんなところから切り取れて 時間が経っても色あせない楽しみを与えてくれる。



以上ですね。

紙コント「悪モノ」の構成は 【17ページ61コマ】-->【本筋3本+横筋2本の5章編成】-->【全体03分55秒(ネタ03分53秒)】≪1コマ約3.82秒≫

この作品は【通常型ウメ】さん特有の(01)--相反を作り出し特異なズレを生み出している【二律背反】 (02)--笑いの核となる視点を生んでいる【ちょいサディズム】 (03)--もの悲しい笑いを生む口演も含めた【短調リズム】 (04)--独自世界観を創造する【道徳観念】 という【4大要素】がガッツリ入った作品に仕上がっています。

この前年、【初期型ウメ】さんの最後の年である2006年は紙コント「ヘルメット」で準決勝敗退していますが、それから1年、 【通常型ウメ】に切り替わった2007年におけるクオリティの成長度を感じ取れる作品であるのがこの「悪モノ」です。



----通常型ウメの【道徳観念】



【ウメ】さんの「紙コント」では彼女特有の【道徳観念】が全体の背骨として貫かれていることで作品に彼女しか出せない 【ウメらしさという統一感】、作品の匂いを演出しています。

いわゆる通常型ウメの【道徳観念】です。

これは【通常型ウメ】さんの『古き良き日本的道徳観』に起因するのであろうと 『通常ウメ連絡会』では言われています。

お笑いのテクニックを簡単に説明しておきます。 この概念は【ウメ】さん攻略では必須となりますから『連絡会』に入会希望の方はバッチリ予習をしておきましょう。
通常型ウメの【道徳観念】とは、通常型ウメの持つ 『現象に対しての可否』であり、それが揺ぎ無いモノとして定着している為に 『相対する世界』に対し『エッジの効いた差異を作り出す』という事になります。
「悪モノ」で言うと本筋01『悪モノがハローワークの章。』の背骨になっている (01)【人を見かけで判断しない】 これが「絶対値」となっているから「人を見かけで判断する人たち」との出会いで設定でエッジが立って 【ズレ】≪ストーリー的な不安定さ≫を起こさせやすくなっている。

これは「脚本の書き方」というハードカバーな書籍の応用編なんかを買って読むと必ず載っている童話などで使われる手法。 アンデルセンとかね。

図にすると



こういう感じになります。 そしてこういう【通常型ウメ】さん特有の【道徳観念】の背骨に【ちょいサディズム】とニヒリズムの源泉【二律背反】が 物悲しさをを誘う【マイナー調】で口演されて【通常型ウメ】独自世界を構築しています。



----『道徳観念』から読み解く【通常型ウメ】



おそらく【通常型ウメ】さんの世界には 万物の「現象」に関して無意識化で勧善懲悪のようなハッキリとした線引きがあって、 その「リアル」がハッキリしているから一方の相対する「パラレル」にエッジが付けやすくなって 「ズレが和製古典本的な匂いがする」と言う 定説が学会では主流となっています。

【通常型ウメ】さんにおける【勧懲】の形成過程をもう少し踏み込んで読み取って見ましょう。 ここからはわからない人には全くわからなくなりますから、そういう人は飛ばしてください。

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例えば、【殺人】というのは「リアル」で殆ど人にとっては否定的現象です。 しかしながら、これは生まれ持った感情だけで構成されるのではなく「集合のヒトツ」としてその人の後天的な 学習などによって作られた感情なのです。

なぜなら、同じ殺傷でも人でなく豚や牛はどうですか? それに国や地域、環境によってはどうでしょう?大学の心理学を取ると最初に講師が講義のツカミで話すやつです。

幼い頃に、こういう学習という教育がなされないまま育つと【殺人】という「現象」にでさえ曖昧な否定であったり 中には肯定してしまう思考になるのです。つまり、古来、宗教等からそういう観念が家庭に持ち込まれ親が 幼児期になにかの「現象」についての「白黒」をハッキリと教え込んでいくというのが 【しつけ】でありこれが連続して【道徳】となるわけです。

従って、大人になった人間の持つ【道徳観念】というのは、そのままその人間が育った家庭環境を反映し 「進歩的」であるのか「保守的」であるのか等々それが作品の作風に強く出ます。 バックグラウンドから作品を鑑賞するのは芸術作品を読み解く上で基本となります。

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ごくごく当たり前ですがプロの美術史家などは芸術批評を行う為にその時代の関連文献を読みます。 しかしAとBという作品を繋ぎ合せて行く過程で糸が途切れる事は間々あります。接着をどのような方法を取っているかを簡単に言うと、

例えばその人間≪作家≫がある「現象」に対して曖昧であればその家族はそういう「しつけ」があまり行われなった責任感のない放任主義、それとも『子供に対してあまり熱のなかった家庭』であったのだろう。とその人間の持つ環境バックグラウンドを予想できるわけで、 そこから再び批評に戻して論じるという作業を深く深く何度も行っているわけです。

それならば今後はオモシロ【コント】や【漫談】等の作品に対しても同じようなアプローチが求められるべきでしょう。違いますか?そうですか。



----『道徳観念』から読み解く本当は怖い【悪モノ】



【通常型ウメ】さんの作品に注釈を付けて『非常にハッキリとした道徳観念』を浮き立たせてみましょう。

まずは次にあげる本筋01『悪モノがハローワークの章。』の02から07コマ目までを。

「お母さん、ハローワークに行ってきます。」

気をつけなさいよ。

※ 「ハローワーク」という社会適応の象徴へ順応する「悪モノ」≪人間側から異化された存在≫と家族という集団性にある母子愛を初期設定し

「悪モノ」という存在にリアル社会が思い込む姿との「ズレ」を演出。



わー悪モノだー。

こないでー。

※ パラレルの「悪モノ」を見かけで判断する我々が存在する「リアル」側への皮肉です。 実はココは【通常型ウメ】の『ちょいサディズム』により自分達の姿を写されて笑っている事に気づかなくては 本当の紙コント「悪モノ」オモシロさは味わえません。

我々人間が単にミカケが違う≪異化された象徴としての≫モノへの恐れや攻撃性など【通常型ウメ】の「道徳観念」から不思議に見えるものを 直接見せると様々なところでカドが立つので極端に比喩象徴化して「悪モノ」で見せているわけです。

具体的に言うと「悪モノ」を【異化的要素】である黒人(肌の色)、被差別部落(制度の中にあった)、ガイジン(国籍)、ゲイ・レズ(セクシャリティ)、etc..などに置き換えてみると 彼女が本来持たせようとした物語の意味がわかります。



「すいません」

わっ、悪モノ。

「何か仕事はありませんか。」

※ ここも同じく、「順応化」しようとする異化の象徴である「悪モノ」に対して我々、人間側≪集合体として多数≫が取る態度が、 本来「順応への努力」などの態度に向くはずであるべきという【通常型ウメ】の「道徳観念」からエッジを立て、

我々人間側は、ミカケなどの【異化的要素】という【タグ】、 表面的な部分にだけ目がいくという皮肉ですね。『ちょいサディズム』の味付けをされて 表現されています。



ヨシ、みんなで懲らしめてやりましょう。

※ 異化の象徴である「悪モノ」に対して我々、人間側≪集合体として多数≫が取る典型的な態度である【攻撃性】を皮肉って見せているわけです。

ここのポイントして手を挙げている【男】が象徴的に公務員のように描かれているのも、そういった【攻撃性】を特定の人間だけが持ている わけでなくリアル社会で一見自分の意見が無い様にセットされる公務員のような人間に【攻撃性】を持たせているのが鍵です。

特定のマッチョマンでなく、強面でなく、ごく普通の人間も集合体として多数になると当たり前のように【攻撃性】を肯定する。



まちなさい。この悪モノはまだ何もしていないよ。

※ ここからが【通常型ウメ】が、あまたいる十把一絡げ芸人と違う【本物の奇才】たる証明である展開を見せていきます。

異化された少数者である「悪モノ」に対して、リアル社会の構図でもよく登場してくる全体の流れや体制に対して反対する「賛同者」をここで登場させます。



「ありがとう。ぼくは普通の人間になりたい。」

うん、それ脱げばいいよ。

※ そして、ここが【通常型ウメ】たる面目躍如。『ちょいサディズム』を帯びた独自世界への扉です。

救いに感謝し、異化の象徴である「悪モノ」に対して「【異化的要素】を取れば良い。」と答える「賛同者」。強烈です。

結局、「賛同者」は異化された象徴である「悪モノ」への地位向上抗弁する事が目的でなく単に自分自身の行動をヒーロー化する道具としての存在。 問題の本質を全く理解せず、体制、多数への単なる反対。

「賛同者」とは リアル社会への自分の存在感を見せ付ける為の材料に「悪モノ」を利用しているだけの人間として猛烈な皮肉を持って描かれていきます。





紙コント「悪モノ」の一部だけを『道徳観念』という視点から詳説しましたが【通常型ウメ】さんの紙コントだけが何故か心に響く。 という人たちへ与えている不思議なメカニズムのヒトツの要因です。

これが『本当は怖いウメの紙コント』という所以です。 おそらく、ブログなどで「【ウメ紙胸キュ】な症状になった。」と感想を書いている極わずかに存在するコアな【通常型ウメ】さんファンの 人達というのは頭でなく心でそういった【通常型ウメ】さんの 隠された意図を感じ取れる【敏感ココロ】なタイプの人間なのだと思います。

ちなみに、自分は、もちろん考察者であり特に【通常型ウメ】さんのファンというわけではなく 構造分析して初めて 『わっ、【通常型ウメ】さん。ミカケあんな感じでぼんやりなのにマジでスゲーな。』という大多数の人間側タイプな人です。



----紙コント「悪モノ」の見所と味わい



◆高度な鑑賞として、 今回は【ウメ】さんの「バックグラウンド」から来ているのであろう【道徳観念】とホンモノであっても社会に見出されない 奇才の証明を感じて欲しいと思います。

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◆少し話は飛びますが、世の中には、「モンスター」がいます。 それは、浦沢直樹のミステリー漫画だけの世界でなくありとあらゆる世界にいます。

幼少に足の指で涙を使って生き写しなネズミを描く雪舟であるとか、 オリンピックで100メートル金メダルを取る選手なども恐らく常人が努力ではどうしようもない超えられない壁があり、 天から生まれ持って才のアドバンテージを与えられたそういう人間がが我々と同じスタートラインに立つと「モンスター」 となります。

身近なところでは同じ事をしても異様に営業成績を上げる生まれもった 「人当たりのよさ」「巧みな会話術」「さわやかで清潔感のある風貌」「いくらでもいける酒の強さ」を備わっている絶対にかなわないヤツ。 など常人な我々からすると残念ですが存在するんです。

普通の社会生活を送っていてさえ誰もが感じた事のある「モンスター」。

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◆ とうぜん、お笑い。【TV演芸】の世界にも。

ドコから来るのかわからないナックルのような「ズレボケ」をフリートークで普通に叩き込んでくる 【ダウンタウンの松本】さん。

尋常じゃない反応スピードで「トーク廻し」する【さんま】さんで あったりとかその世界の住人でないド素人が見ても「モンスター」は幾人も存在しています。

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◆どの世界にも「モンスター」は存在します。

しかし、こと芸術・芸能に関して「モンスター」は必ず見出されるとは限りません。

そこが「モンスター」観察の一番オモロなところです。

実は、そこが今回の紙コント「悪モノ」鑑賞で感じながら見て欲しいポイントです。

演芸でなく アート鑑賞でも行き着くオモロはソコだったりします。

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◆アート。特に絵画の世界で「モンスター」は日本でも沢山いるのですが。

もっとも解りやすい例でいうと皆さんもよくしっている「ひまわり」などで有名な【ゴッホ】などです。 現在、美術界において彼の芸術性の高さを否定する美術史家はホボいません。

ミカケとは違い毛糸を使っての緻密なパターン構成など 彼の独創性を含めた色彩感覚について様々な国で多くの人たちによって研究され賞賛されています。

それでは、彼の生前に絵は画商等で幾枚ほど売れたのでしょうか?

資料に拠れば画商経由で1枚です。それも親類が絵を取り扱っており、お情けで買ってもらったのかもしれません。

でも【ゴッホ】はまだ運が良かったのです。多くの気づかれぬまま死に無となった多くの「モンスター」と違い 彼が死んで後に「モンスター」である事が多くの人に確認されたわけですから。

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◆ 以前、ダウンタウンの松本さんの才能を浜田さんが『天然モノにはかなわんからな。』とトークで語っていました。

普通の常人からすればズルのようなアドバンテージを生まれ持っている「モンスター」が存在し、ちゃんと浜田さんもそれを わかっていて自分はどうすべきかを語っておられたのを聞き逆に【浜田】さんて凄いな。と

数年前、【浜田】さんの話を聞いた時と同じような気分にさせられたのが、 最も世界で有名な日本人現代アートの旗手【村上隆】さんが芸術で売れるって事は、戦う世界の仕組みを『把握』して自分を『認識』し『自己演出』していく事が鍵になる というような趣旨を、ご自身の著作

『芸術起業論』 の中で 語っておられたのを読んだときです。

分野は違っても『才』を売る世界と言うのは共通項が多いのだなぁ。と

つまり、前述の【ゴッホ】は「芸術で売れる」という趣旨を理解できない不器用な「モンスター」だったのだと。 『芸術起業論』 は「自分には才能があるのに売れない」と思ってる人は絶対読むべき本当に名著。

そして、単なるダウンタウンという【現代芸能】「モンスター」は いかにして【TV演芸】において「売れっ子モンスター」であるのか?の答え

才を製造するダウンタウンさんは、やはり吉本興業という才を「見抜き売る」専門企業と不可分セットで「売れっ子モンスター」であるのだと確信できる。

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◆長い前フリがあってここから本論。 そして【通常型ウメ】さん。

彼女は間違いなく「モンスター」です。

グリムやアンデルセンが如く何度も楽しめる【普遍性】明らかに他のフィリップ芸人と比較して抜けてる【クオリティの高さ】 それも、理論でなく感覚で作品のクオリティを上げていける天然系の奇才です。

ただ【通常型ウメ】さんが【TV演芸】において「売れっ子モンスター」になるのかは全くわかりません。 それは彼女が無敵なほど不器用な「モンスター」だからです。

独自の世界を構築し玄人からは高い評価を受けながら人間的不器用さから一般受けせず転がりながら死んでいった 【長谷川利行】のような【通常型ウメ】さんと同じ匂いがする芸術家のような末路も可能性としてはあるのでしょう。 そういう鑑賞をする事で時代の繰り返しを感じる事ができるはずです。

もちろん【通常型ウメ】さんが【TV演芸】において「売れっ子モンスター」になる可能性が全く無いわけでは無いのでしょうが 【TV演芸】というフレームに対してのアプローチを戦略的に変えないと旧来方法を使ってどう登る道があるのか全くわかりません。

大手以外は【見抜き売る】という人材もノウハウも持ち合わせておらず、 【単に出てきた芸人を管理する。】という現状で ≪今後、ネットと電波など媒体がミックスしてくる未来では、 多メディアに対応してサポートや演出する芸能事務所の重要性が今以上に増してくるわけでその重要性を正確に理解している某大手芸能事務所は 芸人育成学校の次にサポート人材育成学校に力を入れ始めている。≫

戦う世界の仕組みを『把握』して自分を『認識』し『自己演出』していけない単なる【現代芸能】「モンスター」【通常型ウメ】さん。 は、 生前、売れっ子となれず、もがきながら死んでいった多くの芸術家と屍を共にするのかもしれません。

しかし、彼女の作品は時代に流されない【普遍性】を帯びており、彼女がいなくなっても必ず作品は再評価されます。 たいてい【演芸作品】というのは時代で劣化していきますが、【通常型ウメ】さん。の作品は5年後、10年後にもある一定の クオリティを維持しており、そのとき鈍感な大勢の皆が驚くのです。

そして、どの時代でも同じく評論家は 『僕は昔から彼女の作品の持つ、独自性や感覚の鋭敏さには驚いていたね』とか、 作品集と題して『絵と文字』をいろんな角度から評価してみたり、作品になる前のエチュード集を巻末に添えるわけです。

まさしく「もののあわれ」です。

そういうズッと未来から過去を鑑賞するという楽しみ方は絵画だけでなく演芸にもありますので【通常型ウメ】さんの作品で試してみましょう。



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PS: 念のため。演芸好きなオイチャンとしては、もちろん【ウメ】さんが【TV演芸】において「売れっ子モンスター」でなくても【バカリズム】さんのような「売れっ子」になっていただければ単独DVDを発売してもらえるでしょうから【ウメ】さんには転がって死んで欲しくはありません。

なにわともあれ、【DVD紙コント集】を熱望です。絶対出すべき!

なので2010年R-1で「準決勝の補欠」までに残ってTV露出-->勢いで【ウメの紙コント集DVD】発売という「あると思いますパターン」を実現して欲しいの。DVD!、DVD!,DVD。