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2007-08-15

The last chapter



2007_08_15_[WED]

自分が残されている生命の時間はどれくらいなのだろう?

それは残念ながら自分の意思でなく神様が決定するのでわからない。 死はウォーレン・バフェットや乞食、そして乞食側に極めて近い自分にも公平に訪れるのだから 火あぶりや生贄など聖書が生まれる前の時代のような理不尽な死亡事由でなければ神様に 異議申し立てをするつもりは無い。

8月に入って上橋菜穂子氏の守り人シリーズ(Guardian of the Sacred Spirit)全十巻を読んだ。 指輪物語やポッターなどの西洋児童文学に引きづられるのではなく雨月物語などに通じる日本的な情緒感をたくみに織り込んでいる 本当によくできた児童文学だった。こんなちゃんとしたものが日本にもあった事に驚いた1週間だった。

30代の折り返しを迎えようとする友人たちが会社で時間のギリギリまで労働力を提供し それなりの給金を得ている現実世界で私は、 登録制の肉体労働者として存在することにより低いインカムと引き換えに時間を得た。 未来の果物と引き換えに私は児童文学を読んでいる。

きっとあと何十年かして人生の最終章に近づくとこの人生の選択により生じたものが自分に降りかかり 本当の乞食になって餓死などで筆を置くのかもしれないなぁ。となんとなく思っていると笑えてくる。

そのとき、腹を減らして息絶えようとしている私は自分の前のページを捲りながら後悔するのだろうか? たぶん、そのとき私にはナユグが見えているだろうと思う。

自分は本が好きだ。もちろんリサーチャーや書き物を生業にしている人からすれば 量的には微々たるものだが漫画やTVなどよりも活字が好きだ。 とくに知的労働で無いから体は疲れても活字はすらすら吸収できる。 今週はハリーポッターの最終巻を読んだ。なんとなく予想どおりだったがとにかく さまざまなことが起こり、

As they stepped back into the common room, Pansy rushed up to Draco and whispered urgently and Draco swore loudly. A second later his eyes squeezed tightly shut and his right hand gripped his left forearm as he dropped to his knees with a gutteral moan.

というエンドロール近くの終わり方のポッターシリーズと、 いろいろな事が起こりながら煙が立つ家にバルサが帰りつくと鳥の煮込みがたちこもり 酒臭い老人が寝転ぶ守り人シリーズの最後の情景を思い描きながらどちらもが 何らかの負を引きずりながら作者が明日の光を描く バッドエンドでない理由を必死で探していた。

アリとキリギリスのキリギリスのほうもバイオリンを弾きながらこんな感じだったのだろうか?